あなたはだれ?

菌の同定は確率論の世界です。生化学的性状を調べて、もっとも確率の高い菌名を「その菌の名前」として同定します。相手は生き物ですので、教科書通りにはいきません。いろいろ八方手を尽くして、どんどん理詰めで詰めていきます。プラスのはずの性状がマイナスであることは日常茶飯事です。くじけてはいけません。もっとも、マイナスがプラスに化けることはありませんが……

自動機械を使って同定していると腸内細菌の生化学的性状などまるっきり気にしなくなりますから、私はほとんど覚えていません。機械で出来ることは機械にやらせろ、というのが私の基本スタンスですので、必要なときは教科書で確認します。よく丸暗記の権化みたいな人がいて、「いつでも教科書を確認出来るわけじゃないんだからちゃんと暗記しておけ」と云ったようなことを主張するのですが、半分あたりで半分ハズレかなと思っています。生化学的性状は基本知識ですからちゃんと覚えていないと万が一機械が変な結果を返してきたときに気がつけないということ、これは重要です。私は生化学的性状は覚えていませんが、菌特有の感受性パターンはほとんど覚えています。このパターンから外れるときは、同定菌名に疑問を持つようにしています。同様に、臨床的にありえない(または珍しい)パターンで検出された場合も気をつけます。あれ、と疑問に思う力が基礎力なのだと思いますね。

こうやって考えると、実は臓器ごと、年齢ごと、患者ごと、それぞれ臨床的に検出される菌というのはほとんど決まっていて、これを考えることは菌名の同定と似ているなと思うわけです。抗菌薬治療の対象となる菌を想定しないでブロードな抗菌薬を入れる主治医がいますが、こういう医師は菌名同定の努力をさぼっているわけで、じつはほとんど職務怠慢と云ってもいいくらいです。こう考えると、じつは診断という行為も、確率論の世界なんだなあ……なんて思うわけです。

よく検査結果を100%信用してくれる主治医がいるのですが、こういう主治医は逆に「危険」です。これはまたこんどの機会に……