ぺんぺん草

よくカルバペネムを使って肺炎を治療すると、最終的にはMRSAだけが残ってきます。私はこのMRSAを「ぺんぺん草」と呼んでいます。

カルバペネムは感染症治療におけるナパーム弾です。これを投入すると根こそぎ菌が死んでしまい、投入後の喀痰をグラム染色で見るとなーんにも見えない、まるで荒野のような染色像になります(白血球やフィブリン糸は見えることがありますが)。まさしくペンペン草も生えない状態です。カルバペネムを投与してちょっと後の喀痰は、たいていこんな感じになります。で、そのままカルバペネムで押したりすると、じきに喀痰中にカルバペネム耐性菌があらわれてきます。これはもう仕方がないことです。カルバペネムが効かない耐性菌と云えばMRSAやE.faecium、S.maltophiliaなどが思いつきますが、確率から云って、MRSAが出てくる可能性はかなりあると思います。E.faeciumが出てきたらコンタミネーションだと判断しやすいのですが(純培養状に生えたとしても、たぶんEnterococciは肺炎を起こしません)、MRSAは悩みます。通常は肺炎の起炎菌とはわけて考えた方が無難です。どこにでも生えるぺんぺん草、コロナイゼーションを拾っているのだと考えられます。

このぺんぺん草、正式にはナズナと云いまして、春の七草のひとつです。昔は貴重な草でした。いまではどこにでも生えているので、ぺんぺん草が生えている、といえば、土地が荒れているさまを言い表しますが、ナパーム弾で根こそぎ焼き殺した荒野にもぺんぺん草は生えてきます。そのため、起炎菌を確定する前にカルバペネムを投入すると、(ほぼ確実に)起炎菌検索が迷宮入りします。私たち検査技師の目にはぺんぺん草しか映りません。とうぜん薬が入っているために耐性菌を拾っているわけであり、その菌が菌交代で出てきたものなのか、真の起炎菌なのかは、神のみぞ知る、という状態になります。カルバペネムの恐ろしい副作用のひとつだと云ってもいいのではないでしょうか。

ぺんぺん草は雑草ですので、これを殺し切るのは難しいのではないかと思います。ようはコントロール可能な菌量までコントロール出来ればいいのであり、私が肺炎治療の効果判定に培養(つまり起炎菌の培養陰性)を用いるのはどうかなと思う理由のひとつです。


ごく最近、このような症例に二件あたりました。ひとつは重度の腎不全でLZD投与のMRSA肺炎。ひとつはCAZ+CLDMで治療した誤嚥性肺炎です。LZD投与例の方は肺炎も軽快し症状も取れてきたようですが、誤嚥性肺炎はCAZ+CLDM治療終了後数日でCRPが再び上昇し、起炎菌不明のままIPM/CSが投与されました。最終的にはぺんぺん草が残ってきたわけですが、これが再発(?)の起炎菌なのかどうか、誰にもわかりません。臨床的にはコンタミネーションだと判断されたと聞いていますが、グラム染色上は貪食されており、少なくとも現在の炎症に何らかの関わりがあるのではないかと思われます。

必要な培養は積極的に出してほしいなと思います。ぐすん。