カルバペネムの信頼度

まあこういうタイトルの場合は、ちゃんと根拠になる数字を出してこないといけないんですが……

治療者にとってカルバペネム系薬剤というのは「精神安定剤」的な要素があって、「これさえ使っていれば大丈夫」というところがあります。これでダメなら何をやってもダメだろうという、大して根拠のない思い込み。これが思わぬところで落とし穴を作るのです。

まず、カルバペネムが明らかに無効な微生物をまとめておきましょう。たしかにカルバペネムは驚異的と云ってもいい広域スペクトラムの抗生剤なので、無効な微生物を覚えた方が早いのです。

  • カルバペネムが無効な微生物
    1. いわずとしれた、MRSA。
    2. 多くのCNS。一部を除いて、ほとんどがメチシリン耐性。
    3. コリネバクテリウム。
    4. VAPなどに多いS.maltophilia。似たようなお水系細菌であるB.cepacia。
    5. 広域抗菌剤を長期間投与された免疫不全患者に発生する真菌血症
    6. E.faecium。
    7. C.difficile。偽膜性腸炎の原因になりえる。
    8. 細胞壁を持たない微生物全般。たとえばマイコプラズマなどの非定型肺炎の原因菌。

だいたいこのあたりでしょうか。

逆に云えば、メジャな感染症で原因となるような菌には、ほとんどの場合は効いてしまうわけです(非定型肺炎には効きませんが)。驚異的な抗菌スペクタラムの広さです。この驚異的な「広さ」が、「強い抗生剤」という誤解を生んでいる原因のひとつで、「これさえ使っていれば安心」というさらなる誤解を生んでいる原因ではないかと思います。ちゃんと考えて使わないと、痛い目を見ます。

とある重症感染症で、胸水と血液培養からS.pneumoniaeが出て来たのですが、「PAPM/BPはどうでしょう」と相談されました。私としてはいろいろ八方手を尽くして菌名を同定して油断していたところがあって、「大丈夫だと思いますよ(カルバペネムだし、PAPM/BPってS.pneumoniaeが得意だったと思うし)」と返答。ちらりとPRSPだったときのことを思いましたが、まあ大丈夫じゃないかと(たいして根拠もなく)流してしまったわけです。正直なところ、カルバペネムを使おうとしている医師の提案をひっくり返して別の薬剤を提案する根性もないんですが、これは明らかに失敗だったと激しく後悔することになります。

培養結果はPRSP。最終的に、感受性結果が出るまでに1日ちょっとかかりましたが、カルバペネムに中等度耐性を示す株でした。生化学的なデータはむしろ悪化。検査データだけを見ると、PAPM/BPの効果はなかったように思います。これを見たときには、心底後悔しました。感受性結果が出るまでは、VCMをかぶせておくべきでした。結果論ですが、PRSPの重症感染症が想定される場合にはVCMをかぶせておく、というのは、サンフォードにちゃんと載っています。知っていたはずなのに、「カルバペネムだから」という、大して根拠もない理由に流されてしまったわけです。

もしくは、カルバペネムをやめて最初からCTRXを使っておくべきでした。S.pneumoniaeだということは分かっていたわけですから……盲目的にカルバペネムを信奉してはいけないという、すごく痛い教訓でした。同じことは二度とやらん。