嫌気の同定

嫌気性菌の同定をどこまでやったらいいんだろう、というお話です。

検査技師の立場からするとつい最後まで同定したくなるんですが、この嫌気性菌の同定というやつは、じつはやってもやらなくても同じなんじゃないかと思うわけですね。キットを使えばちゃんと最後まで同定出来ますので、通常のルーチンでは何となく最後まで同定しちゃうわけです。ところが、例えば、そうですね……外科外来から送られてきた皮膚膿汁、グラム染色でグラム陽性球菌がいっぱい見えるのに、好気的に培養陰性でした。すると嫌気性菌が疑わしい。さっそく嫌気性菌培養を追加で実施してみると、グラム陽性の球菌が生えてきた。やっぱり嫌気性菌だった、さあ同定だ!ということで、まあウチには嫌気同定用のキットがありますのでそのキットを使って同定するわけですが、ちょっと立ち止まって考えてみると、これって意味があるのかな、と思います。

検査の意義ですね。いまの例だと、この場合はたいていPeptostreptococcusです。そこまでわかれば、これ以上同定する必要があるでしょうか。生えてきた嫌気性菌がPepto.magnusであろうが、Pepto.microsであろうが、Pepto.anaerobiusであろうが、マネージメントに影響はないと思います。magnusだったらこっちの抗生剤、microsだったらこっちの抗生剤、なんてことはない。またmagnusだったら予後が悪く、microsだったら予後がいいということもナイ。患者のケア・マネージメントにまったく影響が出ない。じゃあ、Peptoを細かく同定する意義ってないですよね。少なくとも、この場合はPeptostreptococcus speciesで最終結果としても、まったく問題ないんじゃないでしょうか。

同様の疑問は他の検査にも当てはまります。以前、大腸菌のO抗原について書きましたが、これもまた意義の怪しい検査のような気がします。大腸菌の病原性は毒素産生遺伝子などで規定されており、じつはO抗原は直接病原性に関与しません。ただある程度の相関は認められており、たとえばベロ毒素産生などはO-157O-111、O-26などに集中しています。でも、これ以外にベロを産生する大腸菌は存在していますし、ベロを産生しないO-111、O-26も存在します(O-157はかなり高率でベロを産生しますが)。他のO抗原にいたっては、毒素産生遺伝子を持たない株のほうが多かったりすることも。つまり、O抗原の有無は病原性に関してあまり参考になりません。で、患者を診察しているときにはO抗原どころか便になにが生えてくるかも分かりませんので、問診がいちばん大きな手がかりになる。すると、実は海外帰りであるとか、いついつに何を食べたとか、そっちのほうが重要な意味を帯びてくるわけです。2、3日たって報告される結果にO-157がいれば患者に電話ということになるかもしれませんが、それ以外のO抗原であっても、最初の診察で抗生剤を処方しているなら、あとは様子見でしょう。じつは最初の診察でほとんどの下痢患者のマネージメントは終わっているんじゃないかと思うわけです。すると、病原性があるかどうかもよくわからないO抗原の検査なんて、どれほどの意味があるのかと思ってしまいます。

検査技師がこんなこと云っちゃいけませんかねえ……意味のない検査って、探せばけっこうあると思うんですよね。患者のマネージメントに影響しない検査。ああ、そうそう、エンドトキシン測定なんて最たるものです。あれ、ぜんぜん役に立ちません。メーカさんには悪いんですが、アレの結果を見て感染症をどうこう云うことは絶対にあり得ません。あれやるくらいなら、プロカルシトニンをやったほうが数倍いいと思います。