上気道感染症について

勉強会自体はあまり面白くはなかったけど、いくつか収穫。

想像していたとおり、CFPNやCDTR、CFDNなどの経口セフェムでは、H.influenzae、S.pneumoniaeに対して通常量の投与では十分な抗菌力が発揮できないようだ。かつて呼吸器感染領域では、「二次感染防止」という名目で、普通感冒にも抗菌薬が投与されてきた。にも関わらず、通常量投与でカバーできる範囲は、耐性のまったくないH.influenzae、S.pneumoniaeしかないのだ。耐性菌がどれだけ検出されるかは地域の疫学に依存するが、ウィルスが原因である普通感冒に細菌感染が合併する確率はほとんどないと云われている。そのわずかな確率をカバーする為に投与していたのに、さらにその一部にしか効かないのだ。これでは投与する根拠に乏しい。逆に疾患にまったく関与していなかった耐性菌を選択する可能性がある。

というわけで、普通感冒に抗菌薬を投与する意味はほとんどないと思われます。つまり、上気道炎に対して投与する意味は乏しい。急性咽頭炎は細菌性の場合、原因微生物の9割がA群レンサ球菌であり、これにセフェムを投与する必要性はほとんどない。気管支炎を起こす微生物としてB.catarrhalisがあるが、これはAMPC/CVAでカバーできるはずですね。また急性の気管支炎は上気道炎から続発することが多く、これまたウィルス性がほとんどのようです。慢性の気道炎症をもっている場合には、上記の菌に加えてP.aeruginosaあたりをカバーしなければなりません。そのときは培養結果を見て薬を選択できるでしょう。

髄膜炎の初期症状は感冒様症状だとされていますが、髄膜炎を考慮して抗菌薬を投与するのは危険です。どうっせ経口薬で治療は出来ませんし、疾患が修飾されてしまい、診断を遅らせるもとになります。日本は外来のアクセスが非常に良いため、後日改めて来てもらうほうがよいのではないかと思います。

若干まとめ。

  • 急性上気道炎はいくつかに分類出来る。
    • 原因の大半がウィルス性。急性咽頭炎の原因もウィルスが多いらしいが、そのなかにA群レンサ球菌が混じる。場合によってはS.pneumoniaeやH.influenzaeが考えられるかもしれないが、咽頭炎としては稀な気がする。
    • まず、いわゆる風邪とインフルエンザにわけて考える。風邪とは上気道粘膜を感染巣とする、カタル性炎症のことを指す。感染主体(部位)によっていくつかにわけられる。
      1. 普通感冒
      2. 急性副鼻腔炎
      3. 急性咽頭炎
      4. 急性扁桃
    • つまるところ、原因の大半がウィルスなため、ウィルスが原因とわかっている普通感冒に抗生物質を出すのはまったく無意味。また二次感染を防ぐために処方される(らしい)抗生物質も、結局のところ耐性菌をハンパに選択するだけであり、ほとんど無意味。
    • 外来でよく見るCFDN、CPDXなどの3G経口セフェムは、通常量ではBLNAR、PRSP、PISPをカバーしない。営業さんが効くって云ったもん、という反論はあるが、営業さんはちょいとでも効果があれば効くというので注意。
      • 余談だが、CFPMが腸球菌に効くと宣伝する営業さんがいるらしい。抗菌スペクトル一覧にも適応なしながら「効く」と書いてある(どこが監修なのかはあえて云わない:笑)。これは血中濃度を25(μg/ml)にすれば「効き」ますよ、という意味。MICが25(μg/ml)の菌に対して、あえて「効く」と宣伝する根性はすばらしいが、そんなシーンを見たら即座に突っ込みますのでよろしく。
    • 感冒の病態にとどまるかぎり、抗菌薬は必要ないと判断してもよいと思う。
    • A群レンサ球菌が疑わしいんだけど、迅速検査で出なかったー、とお嘆きのアナタ。抗生物質を処方するなら、経口ペニシリンGはいかが?
    • アミノペニシリン(ABPCやAMPC)を処方すると、伝染性単核球症だったときヤバいので、ペニシリン80万単位、1日4回とかどうでしょうかね?
    • 3歳以下の小児がA群感染からリウマチ熱を合併する確率はきわめて低いそうな。他文献を確認してないけど、これが事実なら(状態さえよければ)3歳以下は抗菌薬を出す必要性すらない?
    • いわゆる風邪に二次感染が起こることはほとんどないそうな。でも、小っせえ小児にも同じことが云えるのかどうかはわからない(スタディを見たことがない。たぶん探せばあるのでは?)。
    • 抗生物質の投与により合併症が減るというスタディはない。両者に有意差は存在しないというスタディはあるようだ。
    • 髄膜炎の初期症状は感冒様だが、根拠もなしにこれをカバーするため抗生物質を投与することはかえって危険である。疾患が修飾されてしまい、適切な治療時期(治療は注射薬で行う)を逃してしまう。初期治療はもろに予後に影響する。(だからカバーしたくなるのだろうけど……)
  • 急性の気管支炎
    • ほとんどがウィルス性であり、上気道炎に続発する。上気道炎の大半がウィルスだから当然か。
    • B.catarrhalisが気管支炎を起こす。抗生物質の反応はよいが、βラクタマーゼ産生菌なので、阻害剤配合のペニシリンを使うのがいいです。AMPC/CVAとかどうですか?
    • 気管支炎には慢性もあり、びまん性汎細気管支炎などがそう。急性増悪時にはH.influenzae、S.pneumoniae、P.aeruginosaなどが関与する。
    • 慣れればグラム染色でここまでわかるらしい(つまり、白血球のバランスや染色背景、菌体の様子から想像がつくらしい。人間業か?)。
  • 肺炎
    • 市中肺炎として重要なのは、S.pneumoniaeとH.influenzae。
    • 加えて非定型肺炎の原因菌として、マイコプラズマやクラミジアを考えなければならないか。
    • 非定型肺炎が疑わしい場合は、マクロライドも考慮される。
    • マクロライドは乱用され気味な薬剤であり、S.pneumoniaeにはほとんど効かないことを覚えておいてくだちい。
    • 肺炎の起炎菌をグラム染色で推測するのは無意味だ、というテキストを読んだことがある。きっとまともなグラム染色を見れる人がいなかったのだろう。米国でもグラム染色は軽視されがち。
    • 肺炎を見たら機械的にCAZ+CLDM、外来だったらまずマクロライドというのはどうなんだろう。頭使わないとボケると思うのだが、明確なスタディはない。
      • CAZ+CLDMは抗菌薬関連腸炎の超ハイリスクパターン。軽少の肺炎にこれをやるのはやりすぎ感が……
      • 軽少の肺炎なら、高用量でABPC/SBTも使えます。なにげにBacteroidesまでカバーするので、やっぱり抗菌薬関連腸炎の可能性はありますが。本気でBacteroidesまでカバーするなら、一日量12gを4分割くらい使わないとたぶん無理。もちろん保険適応の範囲外。
      • 横隔膜上嫌気性菌だけならABPC/SBTでOK。投与量は……調べてない。
      • 一度だけ誤嚥性肺炎にABPC/SBTを使った後、たまたま(?)喀痰に存在したK.pneumoniaeがたまたま(?)ABPC/SBT耐性で、そのまま菌交代を起こして肺炎が悪化したことがあった。このときはCTRXで対処した。
      • ABPC/SBTとCTRXの差は何だろう……?
    • 肺炎だからといって安易にLVFXを処方するのはかえって危険。
      • LVFXには抗結核作用があり、結核菌の活動を押さえてしまう。日本の中途半端な投与量と市中肺炎用のレシピでは、結核はどう転んでも治せない。疾患が修飾され、診断を遅らせるもとになる(つまりアウトブレイクの種になる)。
      • どうしても使いたいなら、結核が関与していないという確信が必要。
      • まれにLVFXを投与しながら抗酸菌の依頼が来るが、この場合はほとんど検出が見込めない。
    • 誰かPSSPをペニシリンGでスカッと治療してみせないと、いつまでたっても適正使用なんて実現しない気がする……