悪魔の不在証明

一般的に云って、何かが存在することを証明するよりも、存在しないことを証明するほうが難しい気がします。いまここに存在していることを示せば存在証明は成立しますが、悪魔がいまここにいないからといってどこにもいないという保障はないからです。

お若い結核の患者さんが入院してきました。レントゲン像はバリバリ結核、でも炎症反応がほとんどなくて、症状もぜんぜんない。喀痰も咳もほとんど出ず、結核菌を直接証明出来てはいないんだけれども、鉗子洗からPCRでのみM.TB(+)です(ちなみに気管支洗浄液は陰性)。むりやり採った喀痰も塗抹陰性、胃液も採ったけど塗抹陰性。結核だという直接的な証拠はPCRの結果のみという、ちょっと悩ましい患者さんです。治療を始めたものかどうか迷っているらしく、とりあえず入院してますが処方はまだです、といった感じですね。私もこんな感じだったなあ(しみじみ。ちなみに私はPCRも陰性だった>おそらく偽陰性)。

悪魔の影は見えるんだけど、誰もちゃんと姿を見ていない、そんな状態でしょうか。若いので全身状態は良好で、そのあたりも私と似ています。長期間の処方になる結核で感受性の結果がわからないのはツライので、何はともあれ、一回はちゃんと菌を分離したいところです。気管支洗浄で培養が陽性になればいいんですが、さてどうなることか。こういう場合は、仕方がないので、ブラインドで4剤処方し続けるしか方法がないですねえ。

ちなみに感染症治療でいちばん難しいのは、「抗生剤を止める時期」だと思われます。これは非常に難しい。いま臨床では悪魔の不在証明をCRPWBCなどの炎症反応で見ていますが、これらの炎症反応はあまり鋭敏なマーカーとは云いがたく、おおむねoverです。局所の感染症だと「痛み」がもっともいい指標になりそうな気がしていますが、これも絶対とは云いきれず、しかも数字に残らない主観的な指標なので、嫌われる傾向にあるようです。