臨床側から、「MRSAにフラジールを使いたいんだけど、感受性試験してくれませんか」という問合せがありました。いわく、下痢が続いているときの便培養からMRSAが検出された、だからMRSAを叩きたい、とのこと。感受性試験に詳しい方々はご存知かと思われますが、CLSIの判定基準にMRSAのフラジール(メトロニダゾール)に対するSIR判定基準は存在しません。もちろん試薬はありますのでそれを使って試験することは出来ますが、結局、感受性ありかどうかの判定が出来ないわけですね。あんまりやっても意味がないんです。加えて云うなら、MRSAにはもともとフラジールは無効なんですけど。
で、よくよく聞いてみると、C.difficile toxinAが陽性なわけです。で、下痢をしている。その下痢便からMRSAも出ている。C.difficile狙いでVCMを二週間内服したけど、ちっとも軽快しない。どころか、二週間飲み終わった後にMRSAが検出された。これはMRSA腸炎だ!という思考だったらしいんですが、そんなバカなと思うわけです。たしかにVCM内服後にMRSAが検出されたのはどうかと思いますが(VCMの効かないMRSAだからVRSAか?という問題)、VCM投与終了後5日間経っての話ですし、それほど不思議だとは思いません。それよりも、toxinAが陽性なわけですから、明らかにCDAD(C.difficile関連腸炎)を疑うべき症例です。実際にこのひとには、LVFX、CPZ/SBTが投与されており、そのうえでVCMを飲んで何とかしようとしているわけですね。で、いまだにtoxinA(+)なのに、新しく出てきたMRSAを叩きたい、と。第三者的に見れば、新しく出てきたMRSAにどれだけの意義があるのか、という問題になります。
でも、こういう症例は多いと思うのです。どっちがフォーカスかわからない。じつはMRSA腸炎というのはほとんど日本でのみ通じる疾患名で、外国ではこのような症例はほとんど報告されていません。日本の論文を数点読みましたが、どうもtoxinA(-)の偽膜性腸炎が存在することを知らない医者がいるんじゃないかと思われるようなものが散見されました。つまり、印象としては、偽膜性腸炎が下痢の主体で、たまたまMRSAがいっしょに出てきただけ、というパターンが大半のような気がするのです。まれに麻痺性イレウスからショックを起こすような病態が存在するようですが、このような強烈な病態を示すものだけが検討価値があるのではないかと思いました。
いまんとこ、MRSA腸炎を否定するにも肯定するにも、どっちにも云い切れないんじゃないかなあ、という感じです。
若干まとめておきます。
- 抗菌薬の投与履歴があるときの下痢症は、まずC.difficileを疑う
- 一時期LVFXは偽膜性腸炎を起こしにくいと云われたが、真実はおそらく逆。
- 第三世代セフェムはハイリスク。CLDMがハイリスクなのは有名。
- 第三世代セフェムでほぼすべての腸内細菌をカバーしてしまう。CLDMは腸管内最優勢菌の嫌気性菌を殺滅してしまう。すなわち肺炎治療のスタンダードであるCAZ+CLDMは、超ハイリスクである。
- 二〜三週間遅れて出てくることもあり。一月以内に投与歴があれば疑う、くらいがちょうどいいかも。
- 2007年3月現在、キットで簡便に検出できるCD toxinはAのみ
- CD toxinの感度はあまりよくない。(-)でも症状があるならCDADは否定出来ない。
- CD toxinにはBもあることに注意。A(-)だからといって、CDADが否定できるわけではない。
- たまに勘違いしているひとがいるけど、偽膜性腸炎は病理学的な診断名。偽膜形成を確認してはじめて診断される。
- 偽膜がないCDADは存在する。偽膜がないからと云ってCDADを否定は出来ない。
- つまり、検査室にCD toxinの検出を依頼して陰性だったからといって、抗菌薬関連腸炎を否定する理由にはならない。
- MRSAが出てきたら?
- 抗菌薬が投与されたという履歴があるわけだし、便からMRSAが出てきも不思議じゃない
- H2ブロッカや胃の全摘などはハイリスク。気道のMRSAがそのまま便に入る。
- どうしても気になる菌量なら、VCM内服が選択か。やっきになって叩く必要はないと思うが……
- 全部に共通する話だけど、出来れば現在投与中の抗菌薬をやめて経過観察。
- 抗菌薬を投与したまま、VCMだけで治療するのは困難か。
- 不要なカテは抜け。不要な薬はやめるべし。