脳膿瘍

以前にも書いた記憶がありますね。脳膿瘍は医師泣かせの面倒くさい疾患で、スマートに治療出来る薬剤が限られています。起炎菌によっては、スマートに治療出来る薬剤がなかったりします。これは黄色ブドウ球菌(MSSA)の場合ですね。ペニシリナーゼ耐性ペニシリン(ナフシリンとかオキサシリンとか)が日本にはないせいですが、これから先も市場に出てくることはないであろうと考えられます。この場合はたぶん、CTRXとか、CTXを使わざるを得ないでしょう。

さて、写真があったらいいのですが、こんかいは写真はありません。残念。夕方脳外科から電話がかかってきて、脳膿瘍の患者さんがいていまからオペに入るから、穿刺吸引した膿瘍をグラム染色で見てくれ、ということ。即座にOKして待つこと2時間。検査室に吸引されてきた膿瘍がやってきました。

検体の外観はバリバリの膿瘍。あけてみたら、やたらと臭い。この臭いが重要。嫌気性菌がいるだろう、という見当がつけられます。ほんとにいるかどうかは別問題。あくまでも心構えの問題です。さっそくグラム染色をしてみると、あたり一面に白血球と、グラム陽性の球菌が。小さめのレンサ球菌で、おそらくStreptococciでしょう。口腔内の常在菌ですね。虫歯はないかな?

で、ここで終わってしまうとエラい目にあうわけで、じつはよくよく見るとむちゃくちゃ薄く染まったグラム陰性桿菌が多数存在していました。これが嫌気性菌の厄介なところです。脳膿瘍の基本は、「Streptococci+Anaerobes」で、Streptococciだけを見つけて安心すると、背景のグラム陰性桿菌を見逃してしまいます。特別な事情がないかぎりは、脳膿瘍の起炎菌はまず口腔内の常在菌を考える。見逃さないための第一歩かな、と勝手に思っています。

  1. 基本は口腔内の常在菌。つまるところ、Streptococci+嫌気性菌の組み合わせが非常に多い。
  2. そのため、外観はバリバリの膿瘍。当然のごとく検体は臭い。
  3. 培養すると、おおむねSt.milleri groupなどが分離される。個人的には、それに加えてFusobacteriumが多い気がする。
  4. 鏡検でFusoは非常に見づらい。油断していると見逃してしまうため注意。つねに「いるかもしれない」と考えておくことが重要で、膿瘍+臭い=嫌気性菌でなければ「何かおかしい」と思う方がよりセイフティ。
  5. ノカルジアを見たら、別の原発臓器の検索も必須かもしれない。幸いにも、私自身は脳膿瘍でノカルジアの経験はない。その他、マレな起炎菌については成書をどうぞ。
  6. 治療薬については、難しいところかもしれない。専門医の領域。理論上はABPC+MZとか、PCG+MZでもカバー出来るかもしれないと思うが、MZを勧めた経験はない。
    • Bacteroidesが関与する場合が泣き所で、その場合は第三世代+MZか?
    • CLDMの利用価値はについてはよくわからない。ダメだという意見と、使えるかもしれないという意見と、両方を見たことがある。個人的には、ダメだと云う意見を支持する明確な根拠と、大丈夫だという意見を明確に支持する根拠がそろうまでは保留。
      • ダメだと云われると非常に苦しいのは事実。しかし、ダラシンには中枢神経系感染症への適応が記載されていないのも事実。

久しぶりの脳膿瘍でした。この場合、抗生剤の選択はABPC+MZでしょうか。強者はPCGだけで治療するらしいですが、恐ろしすぎてそんなこと考えたこともありません(笑)。

追記

ちなみに同定結果は、Ps.microsとFuso.nucleatumでした。妥当なところ?