入院患者に起こる下痢症

ちょっといつもの[感染症を叩く]カテゴリとは趣きが違うかもしれませんが……

これは私が個人的に疑問に思っていることなのですが、入院患者の下痢便を培養検査にまわすことに、いったいどれほどの診断的価値があるのでしょうか。検査技師になりたての頃に先輩技師に質問したことがあるのですが、そのときには「常在菌層を見たいのだ」という答えでした。そのときは、「なるほど、そういうものか」と思ったのですが、いまになって思ってみると、この返答はきわめて疑問です。入院患者に起こりえる下痢症の起炎菌を考えてみるとすぐにわかるのですが、入院患者の場合、その筆頭はC.difficileであり、それ以外の起炎菌はほとんど考えられないからです。

きわめてよく管理された病院の食事環境下では、SalmonellaやShigella、Campylobacterといった菌はほとんど問題になりません。*1そう考えると、入院患者に起こりえる急性の下痢症は、C.difficileが関係する抗菌薬関連腸炎が筆頭のはずですね。C.difficileを培養することに診断的意義はありませんので、入院患者の便を培養する意義はほとんどない、ということになります。

こう書くと主治医からは、「MRSA腸炎を忘れているぞ!」とおしかりを受けそうですが、前にも書いた通り、MRSA腸炎はその存在そのものが疑わしい疾患です。「これはMRSA腸炎だ!」といってVCM散を飲み始めて、MRSAが残ったまま下痢が治ってしまった例をいくつか知っています。K.oxytocaによる腸炎も同様ですが、こちらについてはちょっと経験が少ないので保留です。ルーチンでは、(1)白血球が見えて、(2)純培養状に検出されたときだけ、感受性試験をして報告しています。ほぼ意味はないと考えます。


恒例のまとめツリーいってみましょう。

  1. 入院患者に起こる下痢症に対処する
    • 入院患者に起こる下痢でもっとも可能性の高い起炎菌はC.difficileである。
      • 衛生条件の整った入院環境下で、食中毒が発生することはきわめてマレ。すなわち、入院から4日以上経過した患者の便培養にはほとんど意味がない。もちろん、免疫不全患者や下痢の集団発生時はこの限りではない。
      • すべての入院患者はC.difficileの保菌者であると考える。CD toxinのスクリーニングをすることはまったく無意味。ラテックス凝集反応で保菌者スクリーニングをするのは、絶対にやってはいけない。
      • 保菌者を治療することにも臨床的意味はない。保菌者の減少がC.difficile関連腸炎を減少させるというスタディはない。MRSAと同様の考え方で、除菌の対象になることはない。
    • 抗菌薬+下痢=C.difficile関連腸炎、とは限らない。非感染性の要因を忘れずに。
      • しかしCD toxinが陰性だからといってすぐに非感染性だと断定は出来ない。これはキットの性能限界であり、検査の限界だと理解してください。
    • C.difficileを培養することに診断的意義はない。
      • 毒素産生が陰性の株が存在するため。時間もかかるし、お金もかかる。培養そのものが難しいこともあって、労力に見合う見返りがない。
    • 明らかにC.difficileの関与が疑わしい下痢症のみ、検査の対象になる。何度も云うが、普通便を検査することには意味がない。
      • 結果の解釈に悩まされることになるかもしれない。
      • 経験上、抗菌薬の中止なくして、治癒することは難しいイメージ。
      • 全症例の20%くらいまでは、抗菌薬をやめただけで下痢が収まるとの記述あり。

というわけで、どうしてもC.difficileについての記述になってしまうわけです。

もう少しだけありますので、第二のツリーをいってみましょう。

  1. 入院患者の便中に白血球が見えるぞ……?
    • 便中に白血球の増多を認める微生物は限られている。
      • Salmonella、Shigella、E.coli(EIEC:腸管侵入性大腸菌)、アメーバ、Campylobacter、そしてC.difficileくらい?
      • つまり、組織に侵入する菌については、白血球が上がるわけです。
      • C.difficileについても白血球が見えます。
    • グラム染色を見ていて、おかしいな、と思ったら、私はメチレンブルーの単染色で白血球を確認します。
    • 白血球が確認出来れば、便中には何か白血球が出てこないといけない原因が存在することになります。
      • ただし、非感染性の要因もあり得るでしょう。しかし、白血球の存在は、「何かおかしい」ことを漠然と示唆すると思います。

メチレンブルーで染めるという話を他で聞いたことがないのですが、私はけっこう好きです。白血球らしいものが見えたら、ほぼ全例でメチレンブルー染色をします。補助ツールとしてけっこう活用しています。それだけ便中白血球には意義があると考えているのですが、どうでしょうか……

*1:もちろんお見舞いの品を食べて感染する可能性が残されているので100%ではありませんが