Polymicrobialな軟部組織感染症

救急で運ばれてきた95歳のおじいさん。WBC:33000、CRP:20、CK:980で、主治医の判断はガス壊疽疑い。グラム染色を見てほしいから、検体を採りに至急救急まで来てほしいということで、検体採取に行ってきました。

いやあ、何と云うか、救急ってすごいところですねえ。別に患者さんの肉がえぐれていようが全身血塗れであろうが気分が悪くなったりとかしませんけど、踵からふくらはぎにかけて、ごっそりと肉がなくなって、骨が見えていました。ここまでいくと、相当非現実的ですね。かなり悪臭が強く、一見して嫌気性菌感染が疑われます。とりあえず綿棒で侵出液を2本採取して、一本を液体培地に放り込み、二本目でグラム染色を実施。

で、実施したスライドがこれ。

(写真がうまく撮れなかった……)

Polymicrobialな感染像で、嫌気性菌による軟部組織感染症と判断してよいかと思います。ターゲットにする微生物は、Peptostreptococcus、Bacteroidesであり、とくにBacteroidesのカバーは必須です。髄膜炎同様、この病態を疑っておきながら様子を見るという選択肢はありえないと思います。急激に進行していく可能性があり、即座に抗菌薬を選択し、投与する必要があります。

と、考えた場合、初期に投与する薬剤としては、何がいいのでしょう?いくつか考えられると思うのですが、うじゃうじゃ考えるよりも、ここはやはりおとなしくカルバペネムでしょうか。IPM/CSを0.5g×4/dayくらいかな?基本的にはこれで大丈夫だと考えますが、いくつかの注意点があるのではないかと思います。

WBC:33000、CRP:20、CK:980、CRE:2.7、BUN:90、GLU:160

どうやら糖尿病があって、腎臓が悪そうです。さてさて、そうなると、IPM/CSはけっこう神経質に投与量を気遣ってやらないといけません。IPM/CSは人機能の悪い患者に高濃度投与すると、痙攣発作を起こすからですね(どの薬剤でも注意すべき点ですが)。どのくらい悪いか、おおよそ計算してみましょうか。

Cockcroft-Gaultの推定式
=((140-age)×理想体重)/(72×血清クレアチニン値)※女性の場合は×0.85
=11くらい?体重を50kgで適当に設定。

注意すべき点は、寝たきりに近い高齢者など、筋肉量が著しく乏しいひとには使えないという点ですが、そこそこ便利です。正確な値を知りたければ蓄尿して測定すればいいんですが、この場合はナンセンスですね。あとでやればいい。

11という値はほとんど壊滅的な数字で、腎排泄の薬剤では慎重な投与が必要になります。これは厳しい。サンフォード「熱病」2006年度版によりますと、クレアチニンクリアランスが10を切った場合、IPM/CSの投与量は、125mg〜250mgを12時間毎に投与、となっています。推奨用量を超えた場合、痙攣発作の可能性と明記されていますね……この場合は、どうしたらいいんでしょうか。12時間毎に125mgかなあ……日本の添付文書にも同じような記載があります。使いにくい……ですねえ。

他の選択肢はないかと考えてみますと、さて、どうでしょう。CTX+CLDMとかどうでしょうか。CTXはBacteroidesをカバーしますし、CLDMも大丈夫です。CLDMについては主な排泄経路は胆汁ですが、腎機能の低下に伴って消失半減期が延長する可能性があるということで、少しだけ量の調節が必要なようです。

PIPC/TAZとかもいけそうですが、感染にあまり絡んでいないと考えられるP.aeruginosaをカバーしてしまうので、ここでは不適切かもしれないと思います。同じ理由で、CTX+CLDMのCTXがCAZでもダメですね。あとは……ABPC/SBTの高用量がBacteroidesをカバーしますが、腎機能が悪いのでバクチになりかねないかなと思います。メトロニダゾール?経験がないので、恐ろしくて口に出せません(苦笑)。

そう考えていくと、CTX+CLDMあたりが無難なのかな……と思ったり。もし聞かれて提案するなら、IPM/CSとCTX+CLDMで迷います。両方提案するかも。選択はそちらにおまかせ、みたいな感じで(笑)。

培養の結果は、好気的にM.morganii、P.mirabilis、E.aviumでした。あとでBacteroidesが検出されています。うーん、予想菌種は(半分)外れたなあ。あのちっさい短桿菌みたいなやつが気になっていたんだけど……ぶつぶつ。

まあ、糖尿病ありそうですし、何が出てきても不思議ではありません。とりあえず、勉強にはなりました。

さて、副作用で云うなら、CTX+CLDMあたりがマイルドかな…と思いますが、じっさいに処方になったのは、IPM/CS+CLDMでした。ときどき肺炎でこの「通称チエダラ」を見ますが、個人的にはあまり意味ないのではないかと思います。スペクトラム的には、チエナムだけで十分ではないかと。かぶせて意味があると思われるのは、毒素を産生している菌が相手の場合だけだと思います。(たとえばA群とか、ガス壊疽とかもそうですね)