要件定義の底なし沼

やってみればすぐにわかることだが、「なんでこんなクソ仕様になってるんだ!?」という多くのことは、その機能に対して責任を持っていた人が、じつはほとんど「当事者」ではなかったことに起因している。つまり、本当は「自分の問題とは思っていなかった」から、その機能はクソ以下になりさがってしまったのだ、とも云える。

残念ながら、「責任者」はしばしば「当事者」ではない。現場のキィパーソンはしばしば業務のエキスパートではあるが決定権を持たず、所属長は権力を持つ責任者ではあるが、現場のエキスパートではない。合意形成を何よりも大切にしてあとから(組織間の)文句が出ないようにすればするほど、当該機能はダメージを受ける。出来上がったものは、びっくりするくらい◯ソになっていたりするから、世の中不思議である(不思議じゃないと云っているのに、心の底から不思議なことだ)。

しばしば現場で起こる、「責任を負っている問題を体験していない」問題は、非常に根が深い。現場のキィパーソンを抑える、というのはよく云われることだが、現場のキィパーソンはしばしば現場のエースであり、これを要件定義のために拘束するのは困難を極める。したがって、これは組織全体の問題であるということを、まずは所属長が認識すべきである。ひいては、病院全体が認識し、これを支援する以外に、この沼から脱却する手段はない。

部分最適を見つめ過ぎると、すぐにこの沼にハマる。自分だけはまらないようにしていても、周囲が足を引っ張るから、この問題は奥が深い(たいていの場合は底なしである)。