除菌は必要かな?

感染管理上問題になるいくつかの細菌について。

MRSAの場合

ときどき……というか、しょっちゅうMRSA陽性の方は受け入れられませんという病院がある。これは大間違いで、MRSAが陽性であろうが梅毒が陽性であろうがC型肝炎が陽性であろうが、発症していなければ(感染管理上は)問題にはならないはずだ。たとえ梅毒が陰性であってもHTLV-1が陰性かどうかは誰にもわからない(通常、術前セットの中にも入っていないはずだ)ので、どっちみち感染対策は必要である。だとしたら、梅毒陽性にどれだけの意味があるのか(もちろん治療を要するものであれば意味はあるが)。MRSAが喀痰の中に存在する。だから感染対策をする、というのはいいと思うが、MRSAが陰性だからといって感染対策をしなくてもいいわけではない。そのためのスタンダードプリコーションだし、感染対策である。MRSA陽性患者は受け入れられませんと主張する病院は絶滅したと信じたいが、ときどき病院でもそういう話を聞くので、そういう病院は、「ウチは感染対策なんかしていません」と広報したいのだろうと想像している。

介護施設などは……考え方はいっしょだし、病院と変わるところなどないのだが、仕方がないのかなあ……という気もしている。半分くらいは諦めの境地。ちなみに術前に除菌しても感染率に対して影響がない、という意見多数です。

ESBLの場合

発症してなきゃほっとけ、と考えていますが、いかがでしょうか。たしかに感染管理上問題にはなりますが、世の中には定着しているESBLも多く、とくに泌尿器科などでは無症候性細菌尿などから培養されることがままあります(培養するなという意見もありますが)。これを除菌することで、いったい何が得られるのでしょうか。抗生剤は患者の治療のために投与されるべきであり、決して検査結果を正常にするために投与されるべきではないと考えます。ESBLを目の敵にするのはいいのですが、ちょっとプラスミドがくっついているだけで殺滅される大腸菌や肺炎桿菌もかわいそうです。共存できるときは共存してあげるのが、双方にとっていい道なのではないかと思われます。

ところで、仮にESBL産生E.coliを除菌するとしたら何を使うのでしょう?CMZでもいいですけど、なかには臨床的に耐性を示すやつもいるみたいですし、確実なのはやっぱりカルバペネム?除菌にカルバペネムってあり得ない選択肢ですね。キノロン?除菌にキノロンって、あり得ない選択肢ですね。えーっと、あとはST合剤?うーん、まあ、このくらいかなあ。でも血内でST使うから、あんまり耐性菌増やしたくないし……そう、こんなもん除菌してたら耐性菌が増えるだけです。意味はないでしょう。

そうそう、ESBL産生菌って、病棟に長期入院していらっしゃる患者さんの便にわんさかいるらしいですよ?便の処理の出来ない高齢の患者さんの場合、やっぱり感染管理上問題になるから、便から「除菌」するんですか?

VREの場合

世の中には恐ろしい薬、バンコマイシン散という経口剤がありまして、偽膜性腸炎の治療に使われたり、MRSA腸炎(!)の治療に使われたりしています。おそらくこれがVRE発生の大きな原因のひとつです。なぜなら、人体で腸球菌がもっとも多く検出される部位は当然腸管内であり、経口で吸収されないVCMは静脈投与しても腸管内に移行しません。したがって、経口剤がもっともVREの危険因子となりえるはずです。以前、お金を盾に院内からVCM散を駆逐しましたが(これはとても高価)、まだ外科でMRSA腸炎なる腸炎を治療するために投与されたりしていますが、とにかく調べればVREはたくさん見つかるはずです(理論上)。

これも除菌するの?えーっと、セフェムは駄目だし、カルバペネムもたぶん駄目だから、STも効かないし(自然耐性)、キノロンもほとんど耐性……ああ、なるほど、キヌプリとLZDを使うんだね!(冗談です)

新型インフルエンザの場合

全例PCRをしなかったら季節性インフルエンザとどうやって見分けるんだ、という意見を(まわりで)聞いたことがありますが、見分ける必要性ありますかねえ?どっちみち、重症例にはタミフルじゃないでしょうか。軽症例は自宅待機。そもそもインフルエンザは死に至る可能性のある重症呼吸器疾患の一つですが、死に至るケースはそれほど多くありません。とくに若くて基礎体力のある患者であれば、ほとんどの場合は自然治癒します。タミフルを投与したらちょっとだけ回復するのが早くなることがわかっていますが、タミフルが足りなくてほんとに必要な重症例に回せなくなる可能性があるというときに、新型とはいえ軽症例にタミフルを投与する意義はどこにあるのか、それを考えなければなりません。

タミフルを使わなければ新型インフルエンザを治療できないわけではありません。べつに一週間ほどウィルスと共存したら勝手に治るんですから、むりやり薬の力を借りてウィルスを除去する必要もないんじゃないでしょうか。

ああ、そういえばインフルエンザウィルスを除去する空気清浄機があるそうですね。ところでインフルエンザはくしゃみなどのしぶきにのって伝染していくウィルスで空気中に長く漂うことはないのですが(そうでないこともありますが)、隣のひとが「くしゅん!」ってやった瞬間に部屋の隅っこに置いてある空気清浄器がウィルスを除去してくれるのでしょうか。

すごいっす。日本の科学力、マジパネェっす。

様式トイレのウォッシャ液で菌が繁殖する、これは問題だという記事を見た

まじめに主張しておられる方の正気を疑います。いえ、疑うだけで、それ以上のことはありません。もしかしたら、ぼくの方がおかしいのかもしれませんし。ところで人間の便のなかには(以下略)

(おまけ)下水に含まれるタミフルでウィルスが耐性化するという記事を見た

まじめに主張しておられる方の正気を疑います。いえ、疑うだけで、それ以上のことはありません。もしかしたら、ぼくの方がおかしいのかもしれませんし。たしかにタミフルのほとんどは腎臓から排泄されて尿中にはほとんどそのまま出てくると云われていますが、その下水の水を飲んだ渡り鳥のなかでウィルスが耐性化するのを心配するよりも、軽症例に世界のタミフルの7割というとんでもない量をバカスカ投与しまくって、そこでウィルスが耐性化するほうがずっと心配です。

っていうか、人間にバカスカ投与しなければ下水にバカスカ出てくることもなくなるわけで、下水の処理施設でタミフルを分解できるように工夫するよりも、もっとやることがあるだろうと(以下略)


「除菌思想」の裏側にあるのは、「菌がいなければ病気は起きないはずだ」という誤解です。なぜ誤解といえるのか。私たちが知らないだけで、そんな菌なんてどこにでもいるからですヨ。