菌は外からやってくる?

さいきん疑問に思っているのがこれ。

たとえば、さいきん(でもないか)話題になったのが、滅菌された注射筒。採血されたことがあるひとはよくご存知だと思いますが、あのシリンジ、数年前までは未滅菌の容器が使われていました。ところが、数年前(いつだったか具体的なことは忘れましたが)、採血する際にシリンジ内の血液が患者側に逆流することがあるということで、滅菌容器を使いなさいというお達しが出て、現場で使うシリンジが滅菌物に変更されました。うーん、ほんとうだろうか、て感じです。

いや、微生物検査担当技師としてあるまじき発言かもしれませんが、よく考えてみると、たとえば糖尿病患者さんの自己血糖測定。あれ、べつに消毒せずに衣服の上からやっても感染しないそうです*1。皮膚常在菌の病原性が弱いことは周知の事実ですが、少々CNSを皮膚内に押し込んだところで、感染なんか起こさない、ということですね。縫合糸膿瘍も縫合糸が存在しなければ成立しません。縫合糸は絹糸を使うと感染率が上がるというのは周知の事実ですが、これは撚り糸なので、撚った隙間に菌が入り込んで白血球などで除去されにくくなるためと云われています。異物が感染を助長します。逆に云うと、異物がなければ感染なんかそうそう成立しません。

菌は外からやってくる、だから外から入ってこなければ感染は成立しないという考え方は、医療関係者のなかに根強く残っているようです。一昔前まで手術室の前においてあった粘着マット、あれも菌をトラップしてやろうという意図で設置されたものでしたが、もうすでに意図する効果は出ないということがはっきりしています。さすがにもうアレをおいている病院はないかと思いますが、アレを撤去するときには外科医やオペ室のナースがえらく反対したものです。思い込みの為せる業、ですね。

他にも例を上げたらキリがありませんが、無菌室という考え方もそうですし、新型インフルで話題になった検疫もそうです。マスクもそうですね。手術創をえっちらおっちら消毒しているドクター&ナースを見ますが、イソジンを塗りたくったら痛いだけです。イソジンは強烈に組織を破壊しますし、有機物に対する消毒効果は信頼性に欠けます(というか、蛋白によって無効化されてしまう)。イソジンで創面を消毒して無菌にしてしまえば、感染を起こさないという考え方ですね。事実は違っていて、消毒直後には無菌になりますが、やがて数時間で常在菌が復帰し、すぐに元通りになります。一日一回の消毒では無意味です(何回も痛い思いはしたくないですが)。

CVカテーテルの感染症は、皮膚の常在菌を押し込むことで成立すると信じているドクターがいます。半分は間違いではないと思いますが、全部が全部そういうわけではありません。CVカテーテルでよく検出されるCandidaなんかは、それで説明がつきません。あれは明らかに患者自身の保持していた菌であり、カテーテル内腔にへばりつくタイプの感染はほとんどすべてそうでしょう。その場合、刺入部には発赤、疼痛がないことがあります。カテーテルの内腔に感染してへばりついているのだから、当然でしょう。異物が感染を助長している、典型パターンのひとつです。従って、刺入部をイソジンで消毒しても効果はありません。

菌が入ってきたら感染する、というのは、じつはただの思い込みなんじゃないかと思う今日この頃です。外傷患者さんに抗生剤を投与するかどうかも問題になりますが、海外のスタディでは否定的です。とくに頭部外傷については抗生剤投与せずというパターンがほとんどで、腹部臓器であれば第二世代で充分というドクターもいます。異物さえなければ、感染症なんてそうそう起きないんじゃないかと思われる一例です。

*1:[http://care.diabetesjournals.org/content/20/3/244.abstract:title=The safety of injecting insulin through clothing].