術後抗生剤の意義

だいたい外科と喧嘩するネタはこれなんですが……

困ったことに、外科がまた術後抗生剤の変更を宣言し、勝手にマニュアルとは違うものを投与していました。まあこのマニュアルってのも、典型的な「あるだけマニュアル」で誰も見ちゃいないのですが、当院ではいちおう心臓関係の術中・術後はCEZを使う、と規定されています。医学的にもそれで問題ないように思いますが、外科的には不満だったようで、「我々は術中・術後にFMOXを3日投与する」と宣言し、それに反対したICNに「反対するなら我々は断固として戦う」と宣戦布告したらしいです。ぬふふ、久々に血が騒ぐぜ(爆)。

そもそもオペに関連した抗生剤の目的ははっきりしていて、何はともあれSSIの防止にあります。皮切の段階で抗生剤の血中濃度を上げておかないと意味がないというのは比較的有名な話で、じつは術後に抗生剤を投与してもSSIを予防することできないらしいということは文献的に実証されています。その対象菌種はもっぱらS.aureus(MSSA)で、患者がMRSAを保菌しているとか、ハイリスクであるとか、そういう場合に限り、VCMの投与を考えてもよい、となっています(ここは議論の残る部分でしょう)。S.aureusがもっぱら対象になる理由は後述します。

清潔手術ではもちろんS.aureusが対象なので、PIPCはダメですね。整形外科だったかな、PIPCを推奨する分野があるそうですが(うろ覚え)、S.aureusには無効ですので止めておいたほうがよいでしょう(βラクタマーゼにより効果が相当減弱する。βラクタマーゼ陰性菌には当然効くが、大多数が陽性)。S.aureusが対象ですので、世代の高い、たとえばCAZなんかはダメですね(CAZは緑膿菌に効くかわりにグラム陽性菌は致命的にダメ)。CTXはカバーしますが、無駄に腸内細菌を殺すのでダメ。第四世代も無駄にスペクトラムが広いのでダメ(明確な理由がないかぎり、緑膿菌をカバーする必要はない。耐性菌を作るだけ)。ABPC/SBTはカバーしますが、無駄にスペクトラムが広いのでダメ。CEZより優れているわけではありません。カバーすりゃいいってもんじゃない。

消化管などの汚染が強いオペでは、CMZが投与されます。当然CMZでなければならない理由があって、こっちは腸管内の嫌気性菌まで視野に入れた内容ですね。こちらの同効薬にはFMOXがありますが、スペクトラムに大差があるわけでもなく、カバーするべきものをきっちりカバーしているので、当然安いほうが好まれます。薬価が知りたいヒトは、薬価サーチをどうぞ。ゾロを使えばもっと安くなりますね。

さて、こんどは薬物動態的にどうかで考えてみましょうか。
1gを点滴静脈注射したときのCEZの半減期は、だいたい2.5時間です。FMOXはほぼ同一条件で50分くらい。半減期的にはCEZのほうが有利ですね。3時間を超える手術の場合は術中に追加投与をしなければならないというのは半減期が理由になっています。3時間ごとでは血中濃度が際限なくあがっていく可能性もあるので、4時間でもよいという考え方もあるようです。どっちでもいいと思います。4時間ごとのほうが麻酔科医の負担は少ないかもしれませんが、誰か試験してみてください。FMOXはしょっちゅう投与しないといけないかもしれません。

薬理学的にどうかで考えましょう。S.aureus(MSSA)のCEZのMICはだいたい0.5(μg/ml)です。FMOXもおおむね同じくらいのMICになります(少しだけFMOXのほうが高い)。適当にTAM>40%を実現すればよいと仮定して計算すると、FMOXでもだいたい1g×2/dayでもTAM>40%は実現出来るようです。こっちはクリア出来そうです。

ですが、じゃあFMOXでもいいじゃんという理由にはならないのですね。CEZとFMOXの差は何かと考えてみると、やっぱり嫌気性菌をカバーするか否かが大きい。で、腸内細菌のカバー範囲が違います。緑膿菌はどちらもカバーしませんね。心臓外科の手術で嫌気性菌と腸内細菌を常にカバーしないといけないかどうか……考えてみたらわかりますが、術野や術創がこれらの菌で汚染される可能性はほとんどないでしょう。いや、そうは云っても術後は「易感染性」だから腸内細菌で感染するんだ、SSIが起きたらどうしてくれる、という反論がいつも返ってくるんですが、その「易感染性」で何に感染することを想定しているのか不明です。易感染性だから、何の菌に、どの臓器が感染するのか、「何を」想定しているのか読めません。尿路感染症?検査したらわかります。判明してから、おもむろに「治療」を開始したらいいのです。肺炎?術後は胃酸を押さえていることが多いので誤嚥性肺炎はありそうですが、こちらも起きてから喀痰を採取しておもむろに「治療」を開始したらいい。腹腔内感染症?心臓とは無関係です。敗血症?血液培養を採って、経験的に「治療」したらいい。これらの感染症を、FMOXで「予防」出来るという論拠は何もありません(ついでに云えば、CEZで予防出来るという根拠もない)。よくある、菌を殺しておけば感染は起きないはずだ、という、昔からのただの思い込みです。こういう思い込みが、イソジンを術創に塗り込むというアホを大量に作ってきました。

術中抗生剤の目的は、「皮切の段階で血中濃度を上げておいて、術創をS.aureus(MSSA)から守る」のが目的と考えます。あくまでも、術創を感染から守るのが目的と考えますので、術野の汚染具合に応じて抗生剤が変わるわけです。心臓外科の場合、清潔手術ですので対象菌はS.aureus。コスト面やPk/PD的にも、CEZが最適だろうと云う結論になります。従って、FMOXを使う意義は乏しいでしょう。

ちなみに、皮膚の常在菌はpHが少し酸性に傾いた環境で暮らしているため、生体で生息するには弱酸性でなければなりません。Propionibacteriumなどの嫌気性菌がその代表ですが、術創が出来るとその周囲は浸出液が出てきてpHが上がります(7くらい)。そのため、皮膚の嫌気性菌はよっぽどのことがないかぎり増殖することが出来ません。どうやらS.epiも似たようなものらしいです。従いまして、心臓手術しているのになぜか横隔膜を突き破って腸管が破れちゃった、なんてことがないかぎり、ルチンに嫌気性菌をカバーする必要はありません(これくらいは断言してもいいだろう)。この点からもFMOXは意味がないでしょう。

眼科でFMOXを使うという話を聞いたことがありますし、産婦人科でも使うと聞きます。みんな好きですね、FMOX。