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文句だけを言う人

愚痴るのが好きな人がいる。聞かされる方は「この人はなぜ問題を解決しようとしないのだろう」と不思議なのだが、どうやら、聞いてもらえるだけで満足らしく、一方的に話し終えると、たいていは満足してしまう。同じことを繰り返し愚痴るひともいれば、多種多様な愚痴を聞かされるケースもある。どちらも共通しているのは、「このひとは、じつは困ってないのだな」ということである。

「困ってはいるけど、それほど強くは困ってないので、解決するより愚痴るほうが労力がかからない。結果として愚痴ってる方がマシ」というパターンと、「実はほとんど困ってはおらず、話しを聞いてもらうのが目的」という、ふたつのパターンがあるように思われる。どちらも、じつは「困って」いないので、問題解決より愚痴ること自体が目的である。従って、アドバイスなども求めていない。たいていの男性はこのパターンで具体的にアドバイスをしようとするが、愚痴っているほうはアドバイスなど求めていないので、そのアドバイスが愚痴っているひとに対する非難めいたものになると、すぐに喧嘩の種になる。

そのうち愚痴を聞いている方も対応がおざなりになってくるが、愚痴っているほうはこれが気に入らないので、これまた喧嘩の種になる。愚痴っている方が愚痴っている目的は、「問題を解決すること」ではなく「話しを聞いてもらうこと」「注意をこちらに向けてもらうこと」なので、対応がおざなりになってくると目的を達成できない。従って、愚痴の内容がエスカレートするか、頻度がエスカレートするか、表現が大げさになるか、のどれかを選択し、目的を達成しようとする。場合によっては、ほかに愚痴を聞いてもらえる人を見つけて、そっちに移行するケースもある。

「愚痴るひと」と「愚痴られるひと」がいい関係を作れるかどうかは、大抵の場合、「愛情があるかどうか」で決まると思われる。無償の愛情があると確信できない相手に愚痴り続けると、まず間違いなくその関係性は破綻すると考えた方がよい。例外的に愚痴につきあうのが好きな人もいて、こっちはこっちで、愚痴につきあうことでその目的を達成しているケースが多いので、そういうひとを見つけられれば、双方が幸せかもしれない(絵に描いたように不幸な図のような気もするが)。