グループワークは「そんなに」大切か?

研修におけるグループワークの重要性は否定しません。その上で、思うことがあります。

何か重要なことを学んだとしましょう。どのようなことも、使えなければ意味がない。だから、グループワークで意識的に活用し、実感する。そしてそこから得られたことを、新たな学びにする。

私が本を読むときにいちばん大事にしているのは「抽象化」であり、また具体的な事例をこまかく分解する作業です。この作業には、異様に時間がかかります。時間がかかるが、絶対的に必要な手順なのです。例えば、研修で新しいことを何か学んだとしましょう。よくあるのが、リーダーシップとか、意思決定とか、組織マネージメントとか、仕事に関するもの。意思決定には、これが大事です、では、これを意識してグループワークをしてみましょう、という流れになるでしょう。

ここで私が思うのは、「この事例には、きれいに適用できる。でも、日常にころがっている問題に対して、いつ、どうやって、どのように、何を対象に適用したらいいの?もっといえば、適用できるパターンと出来ないパターンの区別はどうやってやるの?そもそも全部に適用できるってこと?やっちゃまずいパターンはないの?出てきた答えの妥当性はどうなの?」とか、まあ、そういうことだったりするわけです。ようするに、「僕らが知りたいのは、僕らは社会の中でどうやって生きていったらいいのか、とか、そういうことだったりするんです」、ってわけですね。

そういうわけで、グループワークもまた、しょせん答えのわかっている従来型の学習方法に過ぎないんだなぁ、とか思ってしまうわけです。だから、グループワークはもちろん大切であるにせよ、それほどウェイト置くべきものなのだろうかと、疑問です。

それよりも、これはまあ好みの問題ですが、私は実事例の分解や分析の方が好きです。それは本で勉強できるだろう、と云われそうですが、少なくとも一回効いてグループワークをするだけで抽象化の出来ない私にとっては、そっちの方が絶対的に向いていると思います。

たぶん、他にもそういうひと、いるんじゃないかなあ。