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話しを聞いてほしい?

聞いてもらえるだけでうれしい、というひとがいる。そういうひとは、地面の穴に向かってしゃべっていても、うれしいのだろうか。

さすがにそれはないだろうと思うが、たとえば、そういうひとは、まったく自分と関係のない6歳児に聞いてもらってもうれしいのだろうか?うれしいこともあるだろう。そういうことがあること自体は、否定するつもりもないし、自分自身、経験がある(私の場合は、別に路傍の石に語りかけるのでもかまわなかった。アブナイのでしたことはないが)。だが、大半のケースは、ようするに「話しを聞いてほしい(そしてなにかリアクションが欲しい)」のであって、ただ聞いてほしいだけではないと推測される。

たとえば、自分の悲惨な状況を聞かせることで相手の関心を引きたい、というケースがほとんどではないか。そういうひとは、なぜか、その不幸な状態を改善しようとしないケースが多い気がする。この点で、まったく理解できないし、共感も出来ないし、聞いていてかわいそう(?)だとも思わないのである。「あそう」と云うのはさすがに問題かなあと思うのだが、そうとしか云いようがない。

感じている苦痛は本物だろう。だが、聞いていて、うん、あなたは真性のマゾなんだね、という感想しかないことがある。感じている苦痛は本物だが、その苦痛は自分のためにあるのだろうな、と思ってしまうのである。