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実験データをいじることの是非

とても有名になってしまった小保方さんの報道のせいで、実験データをいじることは、すっかり悪になってしまったように思える。

実験データを取捨選択することは、必ずしも悪くはない。結果を歪めてしまうような取捨選択はもちろんダメなのだが、予想される結論をより強固にするための取捨選択さえ許されないものだろうか?正直にすべてを吐露すれば、よりいっそうの曖昧さが増す場合だってある。理論を実験で確認する分野においては、実験データを判断しなければ、よりいっそう混沌が深くなるケースもあり得るだろう。

つらつらとそのようなことを考える。ほとんどのケースで、実験データは意図的にいじられる。それはもちろん、「望ましい」結果を統計的に演出するためだ。科学に対する(≒再現性に対する)悪意がなかったとしても、それはヒューリスティックなバイアスが入り込んだだけかもしれない。結果、結論がが強化されたのか、妄信による偶像が出来ただけなのか、その時点では誰にもわからない。

つらつらとそのようなことを考える。休憩時間に、ロバート・ミリカンの電荷に関する実験を読みながら……(とくにオチはありません)