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忙しいひと


「忙しい自慢」はもうやめよう。「仕事中毒」は「ドラッグ中毒」と同じくらい有害 | ライフハッカー[日本版]

結論から云って、忙しい人は重要なひとではなく、ほとんどのケースで「ただのいい人」である。

ほとんどの場合において、忙しい人は仕事の整理が出来ていないひと、と言い換えてもよい。自分が正常にこなせる範囲で仕事の取捨選択が出来ていないので、常に忙しい。この忙しい状態が続くと、明らかに個人のパフォーマンスは落ちるが、忙しい人はそれに気がつく余裕がない。そしてその中の一部のヒトは、自分のスケジュールの隙間に仕事を滑り込ませるため、非常に忙しい。結果、いつも忙しい。

仕事中毒、と言い換えてもいいだろう。手段と目的を取り違えている、典型的な例だと云える。仕事をしている自分がいることですでに目的を達成しているため、仕事をしている自分が大事なのだ。いつも忙しい自分を実現するために、いつも忙しくしている。すなわち、仕事中毒である。もちろん、その本人が何と云おうと、それは本人が望んだからそうなっているというだけである。

忙しい人は、自ら望んでそうなっているといってもいい。いや、私は違う、私はそんな状態なんか望んでいない、と云いたいひともいるだろう。本当だろうか?仕事を断るひとのところには、その人にしかできない仕事しか来なくなる。どんな理由であれ、仕事を大量に抱えているヒトは、超絶無比に優秀な重要人物であるか、もしくは誰にでもできる仕事を大量に振られた「ただのいい人」かのどちらかである、とまあ、これは論理的な帰結である。

こう云っちゃ、身も蓋もないのだけれども。