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多くの大人は、現実と浪漫の区別がついていない

自分を犠牲にして何かを成し遂げるという自虐的な献身さを、日本人は否定しない。どころか、美化する傾向がある。それはそれで文化というか、歴史があるわけで、それが日本人だと云われればそれまでなのだが、それでも多くの大人は現実と浪漫の区別がついていない、と思う。

通常、二次災害が発生が強く懸念されるところに救助隊はぜったいに踏み込まないが、一部の一般人にはこれが理解できない。軍隊や救助隊は身を呈して災害現場に突っ込み、人命を救助するのが仕事だと思っている。とても不思議だ。なぜ、そのような考え方をするようになったのか、その考え方の源流はどこにあるのだろうかと不思議に思う。

どのフィクションにおいても、自虐的といってもいい非現実的な献身や自己犠牲は美化される傾向にあるけれども、たしかにそれが一定の感動を生むことは否定しない。しかし、それを安心して楽しむことが出来るのは、それがフィクションだからだ。誰も傷つかないからだ。私たちの感動の裏側で、誰かが犠牲になったりしないからだ。だから純粋に「見ていて都合のいい部分」だけを感動することが出来る。そこを勘違いしてはいけない。現実は、フィクションほど都合よく出来ていないのだ。