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ブルベの道 〜 BRM928神戸西200km 〜

BRM928神戸西200kmを走った。

この体験は、わりと衝撃的だった。この頃の私は躁鬱が激しく(いまもそうだが)、週末の休みを一日確保するのに、毎日数時間(サービス)残業するというありさまだった。まあ、こんなのブラックでもなんでもない、と云えばそうなのかもしれない。ただ、いろいろなことがあいまって、精神状態はかなりブラックに近い状態だった。

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(走行写真なので旧世代iPod touch画質 orz)

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(10名弱くらいのやや長めの車列。序盤はどうしても…)

自転車は自分で漕がないと前には進まない、とはよく云われることだが、200km先にあるひとつの目標に向かってひたすら前に進むという感覚は、ずっと思い出せなかった「集中した状態」を思い出させてくれた。努力は自分のためにするものだ、という当たり前のことも。この3年間、仕事している記憶しかないが、集中している頭の片隅では、小さな別の自分がそんなことを考えながら、ちくちくと痛む何かの正体を必死になって探していた。

ああ、そうか、これが後悔というものか。

そう思い至ったのは、PC2を越えて、姫路のあたりを必死になって走っている頃だったと思う。暗くなってきたのにライトが電池切れで光度が落ちており、サイコンがトラブって走行距離がわからなくなり、用意した地図が役立たずになってしまっていた。後ろには走者はいない。少なくとも、目に見える範囲にはいない。目の前の走者を見失ったら、即ゲームオーバーという状況下で、必死になって張り付き虫になっていた。

明らかに準備が足りなかった。ハードな夜間走行に備えて予備の電池やライトを用意しておくべきだった。そう思ったときに、不意に何かがすとんと落ち着いた気がした。

ゴールして、前を走っていたランドヌールにひとしきり御礼を云うと、コンビニで電池を購入して、とりあえず光度の落ちたライトを復活させた。そしてコンビニを出て、車の所まで重いギアをゆっくりと回しながら、この200kmで走りながら考えたことを、反芻していた。

たぶん、この200kmのことは私にとってしばらく考え続けなければならない重要な命題だったのだと思う。しばらくは、後悔のことについて考えてみたいと思っている。


ちなみに、神戸西200kmのタイムは10時間後半だった。あまり詳しく書いちゃうと、中のヒトの素性が知れちゃうからね。