因果関係があるかないかは「わからない」(でもこの事例はたぶんないだろうなあ)

薬剤メーカさんに、「○○の有用性について、何か文献があったらください」と云うと、たいていどこかの誰かが書いた症例報告を持ってくる。症例報告は「有用性があるかないか」という意味において、何も情報をくれない。たった一件の○○が有用であった症例を見て一般化が出来るのであれば、まったくもって苦労はない。

原発で作業をしていた作業員の方が急性白血病でお亡くなりになったというニュースが流れた。

 東京電力は30日、福島第1原発の復旧作業に当たっていた40代の男性作業員が急性白血病で死亡したと発表した。男性の就業を仲介した元請け企業から16日に連絡があった。作業員の被ばく線量は0.5ミリシーベルトで、東電は「医師の診断によると作業と死亡の因果関係はない」と説明している。

 東電によると、男性は今月上旬から1週間、放射線管理などの業務に従事。体調不良を訴えて診察を受けたが、その後死亡した。内部被ばくはゼロだった。就労前の健康診断では問題なかったという。

 元請け企業は東電に対し「男性が放射線に関係する仕事に就くのは今回が初めて」と説明。また元請け企業が意見を求めた専門医は「急性白血病の発症までには年単位の潜伏期間がある」と話しているという。

原発関係の話題に酷いものが多くってだんだん腹が立ってきたので書いてしまうが、こればかりは医学的に正しい結論だと思わざるを得ない。公表されている数字が正しいと仮定しての話になるが、医学的に見て、この程度の被爆量で急性白血病になんかなるわけないのである。

私は結核を患った。何の自慢にもならないが、当時胸部レントゲン写真を撮りまくった。CTも撮った。胸部レントゲン写真は一回につき、約0.065mSVの被爆量があるとされる。CTはたしか0.2mSVだ。この計算でいくと、私はとうの昔に急性白血病を数回患って、血液が真っ白けになっていないといけない。ところが私はピンピンしており、いちおう健康だと定義される状態で生きている(あ、でもそろそろ発症してもおかしくない時期かな?)。

上記ニュースで原発作業員の方がおなくなりになったのは事実である(ご冥福をお祈りいたします)。仮にこの記事がすべて正しいとして、そして真に放射線による健康被害を受けたものと仮定して考えると、これは「急性放射線障害」であって、「急性白血病」ではないでしょう。白血病細胞が発生して、真に急性白血病が発症するまで、たった二週間ということはありえない。診断名が急性白血病である以上、被爆とは無関係だと考えるのが医学的に妥当です。妥当なのです。

東電が数値をごまかしているのだ……いままでの経緯を考えればありえない話ではないでしょう。下請け会社が経歴を誤摩化しているのだ……ありえない話ではないでしょう。医師が診断書を偽造したのだ……考えにくいですが、ありえない話ではないでしょう。ですが、ここまでいくと陰謀論者のたわごとと同レベルです。実際にはどうだかわかりません。たった一個の症例です。しかも医学的にはきわめて因果関係があやしいと思われる一例です。どこにここまで騒ぐ必要性があるのでしょうか。

いまの雰囲気は、もはや魔女狩りに近い気がします。一時期、耐性アシネトバクターの院内感染が問題になった後「耐性菌報道ラッシュ」が続きましたが(もうみんな忘れたでしょ?)、あれと同じですね。耐性菌報道ラッシュの中身は、ほとんどプレス意味のある院内感染事例とは云いがたいものばかりでした。普段だったら、おそらく発表する内容ではないでしょうし、マスコミも取り上げないでしょう。でもこんなご時世だから、発表したんでしょうね。あとからバレたら(というか、掘り当てられたら)、叩かれるから。

だからといって東電やその関係企業を擁護するわけではもちろんありません。調査を打ち切ってしまう態度には不信感しか残りませんし、妥当だとも思いません。しかし、学術的に妥当だと考えられるのであれば、それが受け入れられるのが理性的な態度というものではあるまいか、と思うだけです。