ピストは物理的に止まれない(たぶん)

競技用のノーブレーキピストは、公道では整備不良車である。ブレーキがないからだ。ピストの持つ問題点は、この一点に集約されるといってもいい。

物理的に止まれるはずがないのだ。ピストバイクはリアがフリーになっていない、固定のものがほとんどである。この場合、ペダルを踏んでクランクを回転させれば自転車は前に進むが、自転車が前に進んでいるかぎりそれと連動してクランクがまわり続けるという、現代の自転車から見ればかなり特殊な性質を持っている。そして、ノーブレーキピストはその名のとおり、ブレーキを持たない。ブレーキがないならどうやって止まるのか?自然に減速するのを待つか、自分でペダルを踏みつけて、クランクを逆回転させて回転を殺すのだ。これを「バックを踏む」ともいう。

スピードが出ている状態からペダルを踏みつけて無理矢理回転を殺すと、当たり前だが慣性の法則に従って体に前向きの力がかかる。このとき、サドルから腰が浮いていると、素人は簡単に前転してしまう。バックを踏むときはほぼ必ずサドルから腰が浮いているはずだから、踏み切れなかったら車体が持ち上がり、前転してしまうはずなのだ。こんなあぶない乗り物は、他にはないだろう。

その前転する力を体重移動で殺しながらブレーキをかけるわけだが、そうするとこんどはタイヤがロックしてしまうという問題が出る。スピードが出ている状態から急制動をかけるとき、バックを踏みながらタイヤをロックさせないというのは無理がある。まず素人には不可能だろう。するとどうなるか。この場合、タイヤがロックしているのだからタイヤと地面との抵抗でブレーキがかかるわけだが、ピストに限らずスピードを追求するための自転車の条件として、この手の自転車はタイヤがきわめて細いのである。路面との接触抵抗を減らすためにそうなっているわけだが、そのため、仮にタイヤの回転を急制動でゼロにしたところで、路面を滑空してしまうのだ。何メートル進むかは計算してみないとわからないが、仮に30km/hのスピードから止まろうとして、数メートルで止まれるとは到底思えない。もっと制動距離は長くなるはずだ。

つまり、ノーブレーキピストは物理的に止まれない自転車なのである。こんなもん、怖くて乗れたものではない。逆に怖くないというのであれば、自転車にはぜったいに乗らない方がいい。恐怖感のない自転車乗りは、おそらくまわりにも迷惑だろうから。