「傷はぜったい消毒するな」を読んだよ

私はどうも新書のイメージが悪いらしく、光文社新書でこのテのタイトルだと、どうせまた奇をてらったトンデモ系の治療本なんでしょ、みたいなイメージが先行してしまいます。が、本書はすばらしい。これからスタンダードとなるべき外傷治療について解説、実践した、「新しい教科書」とでもいうべき内容になっています。実践するかどうかはともかく、検査技師であっても一度は読む価値があります。以前試してみた、「湿潤療法」についてです。

私も細菌検査を担当していますので、傷の消毒については不要だとほぼ確信しています。私自身はあまり大きな外傷を経験したことはありませんが、少なくともいままで傷を消毒したことはほとんどありませんし、それで感染を起こしたことはありません。細菌検査室で作った擦り傷でも、洗浄してラップで問題ありませんでした。感染を起こしたら半端なく痛むことを知っていますし、内容はほとんどすべて納得できるものです(アトピーについては少し懐疑的だけど)。

この「消毒しなくてもいい」というのは、日頃から消毒万歳の世界に生きているとまさしく晴天の霹靂とでもいうべき価値の転換で、なかなか受け入れがたいもののようです。ただ私も以前から「切れ痔がすべて肛門周囲膿瘍に移行しないのはなぜだろう」という疑問を持っていて、肛門周囲膿瘍の患者の免疫状態によるのかな、なんて漠然と考えていましたが、免疫状態もクソも、けっきょくは感染できるところがなければ感染できないという、当たり前のことだったんだなあと思う次第です。いつも思うことですが、要するに、血流のないところに感染巣が出来るんだよなあ。

血流のあるところにも感染巣が出来たりもしますが、そういうときはおおむねS.aureusなどの病原性の強い(しかも接着力の強い)菌です。元気な心筋なんかに膿瘍を作るのはたいていS.aureusですが、たとえば奇形のない心臓にCandidaが感染巣を作ったなんて話は聞いたことがありませんよね。そういう場合は、ほぼ必ず「下地」が必要になります。細菌検査の技師として、非常に納得できるお話でした。

ただし、これを家庭で実践するのはやめたほうがいいです。たしかに傷を洗ってラップを巻いておけばよいというのは魔法の治療に見えますが、医師の判断なしに傷を閉鎖するのは非常に危険です。犬に噛まれた、猫に引っ掻かれたなどの動物関係の傷はあっさり化膿しますし(消毒しても無駄だけど)、深い傷もドレナージなしに閉鎖するとあっさり化膿します(やっぱり消毒しても無駄)。やけどのラップもさじ加減が難しそうですし、やはり医師の判断なしに実践できるほど簡単ではないと思います。消毒されるのがいやだったら、著者のサイトに湿潤療法を実践しているかたの一覧がありますので、そこで近くの病院を探して受診してみるのもいいかもしれませんね。

多くのひとに読んでもらいたい一冊です。24日にフジテレビ「とくダネ!」で実際の治療風景を放送するそうなので、興味のある方はご覧になってみてはいかがでしょうか。

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)

傷はぜったい消毒するな 生態系としての皮膚の科学 (光文社新書)

このように実践して結果を残しているものに対して、EBMを求めるのはナンセンスです。意味がない。既存の理論との矛盾点をすりあわせる(消毒しないと化膿すると思っていたのに化膿しない、なんで?)作業こそ必要とされているのに、反対者は反対するだけで、なぜそれでも治るのかを検証しようとしない態度は非科学的だと云えるでしょう。創傷系の学会は湿潤療法について、なんらかの言及をすべきだと思います――たとえそれが、意見を持たないという意見であったとしても。