検査技師のための主治医問答

超緊急の感染症がいくつかあります。ほっておくと、ほぼ100%患者さんが死んでしまう、そんな感染症です。見た瞬間にどんな検査を実施すれば確定診断につながり、治療に貢献出来るのか、自分に出来ることは何かを瞬時に判断出来なけれならない、そんな感染症。まあ実際には、そんなに重たい責任は検査技師にはないんですが……でも存在価値うんぬんというなら、やっぱり出来るに越したことはないというかなんというか。

エントリNo.4 S.pneumoniaeによる髄膜炎

読んでそのまま、肺炎球菌による髄膜炎症例です。今年はなぜか髄膜炎患者さんがすこぶる多いんですが、こんかいでたぶん4例目?こんどは肺炎球菌による成人髄膜炎でした。そこそこ適度に(?)お年を召されていたので、もしかしたらリステリアあたりも視野に入れておかなければならないかと緊張したんですが、そこまで考えることはなかったようです。リステリア髄膜炎はまだみたことがありません。

今回の症例では、救急外来に運び込まれたときにはすでにもう症状が完成されており、誰がどうみても髄膜炎だったそうです。主治医曰く、ルンバールの結果、細胞数カウントの段階で菌がうようよいるのが確認出来たとかなんとか(見ていてゾッとした、というのは主治医談)。で、病棟で詰めていた医師がこぞって菌を見にやってくるという、ちょっとした騒ぎになりました(苦笑)。時間外の出来事だったのですが、惜しむらくは、ここで検査技師を呼んでくれなかったこと。まあこのタイミングで検査技師呼んでもすぐに抗生剤投与はしないといけないことに変わりはないので、いっしょと云えばいっしょなんですが……その妥当性を検討することは必要なことでしょう。

  • 髄膜炎患者を診たときに主治医にお願いしたいこと。
    1. 血液培養2セット採取!
      • これは絶対必要!抗生剤を投与する前に必ず採ってください。忘れるべからず、です。経験上の話で申し訳ありませんが、髄膜炎患者ではほぼ100%陽性になります。2セットがいやだったら、1セットでもたぶんOK。
      • 血液培養ボトルですぐに培養を開始することによって、迅速に起炎菌を検出します。髄液を採ったからといって安心せず、血液培養でさらに攻めの姿勢です。
    2. 採取した髄液は、冷蔵保存しちゃダメ!
      • 冷蔵すると菌が死滅します。……とは云うものの、いままで冷蔵で死滅したことはありません(汗)。でもその可能性がある以上、冷蔵するのはやめるべきです。とくに髄膜炎菌だったときには目も当てられません。
      • もっとも理想的なのは、即座に培養を開始すること。血液培養用のボトルに入れて、孵卵器に放り込むのがベストかも。……しかし、個人的な感想として「議論の余地あり」。

時間外に採取した髄液をどうするのか。これはなかなか悩ましい問題なのです。

  • 髄膜炎の起炎菌を考えてみると……
    1. 小児ではHaemophilusが筆頭。
      • 加えて、S.pneumoniae、生まれたてに近い乳幼児ではListeriaとGBSも考慮。文献的にはE.coliや髄膜炎菌も?
    2. 成人の場合は、たいていウィルス。(決めつけはよくないが)まれに髄膜炎菌。
    3. 高齢者になると、S.pneumoniaeを筆頭にListeriaが加わる。髄膜炎菌も忘れずに。

というわけで、冷蔵に弱い菌がずらりと並びます。繊細なコイツらは一昼夜冷蔵してやるとやる気なく死滅してしまうのです。……死滅する可能性があるのです、と云ったほうが正確かもしれませんが、やはり可能性があるなら冷蔵してはダメだと思います。君子危うきに近寄らず、ですね。

すると採取した髄液は即座に培養を開始するのが好ましいということになるのですが、ここで問題になるのは培養方法。多くの施設で使われている血液培養ボトルを使うのがもっとも手軽な方法かと思うのですが、ここで問題なのが、それが血液培養ボトルだということ。……このボトルは血液が添加されることが前提になっていますので、じつはHaemophilusが発育するのに必要な成分(ヘミンやNAD)が添加されていません。

仮に添加されていたとしても、易熱性成分であるヘミンやNADはオートクレーブで滅菌処理した際に破壊されてしまいますので、ボトル中に存在したとしてもきわめて低濃度でしょう。つまり理論上、血液培養ボトルではHaemophilusを検出出来ない可能性がある、ということは、覚えておいて損はしないと思います。これは血液培養ボトルが「血液を添加すること」を前提にしたボトルであることに由来しますので、仕方がないことなのです。この点で血液培養を併用することが必須です。血液材料であれば、ボトル中に存在しないヘミンやNADはその血液中に存在します。つまり、血液材料であれば、Haemophilusであっても問題なく検出出来る、ということです。実際に、髄液の培養ではHaemophilusは落とす可能性がありますし、私自身、生えてこなかった経験があります。髄膜炎菌もそうかも(こちらは経験なし)。

ウチでは採取した髄液は室温放置で日勤帯に提出をお願いしています。これについては、いまだにいい解決方法が思い浮かびません……


ちなみに、件のS.pneumoniae髄膜炎にはABPC+CTX+VCMが投与され、リステリアではないということが判明した時点でABPCを削り、ペニシリンに感受性だということが判明した時点でVCMを削りました。感受性の分からないS.pneumoniaeに対してVCMを使うことには議論があるのかもしれませんが、私は適切なんじゃないかと感じています。感受性が判明したら、さっさとやめればいいだけのことだと思いますし。肺炎のときはVCM併用に意味はないと思いますが。

しかし、いくらなんでも髄膜炎にPCGを使うことにはなんぼ何でも抵抗が……(あはは…)