グラム染色について

というわけで、予告通りにグラム染色の話です。

さいきん質のいい感染症の本が次々出版されるようになりました。「レジデントのための感染症診療マニュアル第二版」を筆頭に、あげていくときりがないくらいです。で、けっこうそういう本には「抗菌薬の適正使用」ってのが項目としてあって、抗菌薬の濫用は止めよう!と書かれているわけです。一口で適正使用とは云っても、実践するのはとても難しい。その実践の第一歩として、グラム染色をしよう!と書かれているわけですよ。で、けっこう研修医がマメに細菌検査室を訪れるようになったわけです。

いや、それ自体はいいことだと思うんですね。グラム染色は重要です。アメリカでは軽視される傾向にあるようですが、起炎菌の形態が分かればそれに応じて使う薬も変化します。グラム染色の染色性を見ることは非常に重要です。わかるひとが見れば、もっと多くのことが読み取れますしね。

ところが。

忙しい救急や外来で、グラム染色をマメにやるのはなかなか難しい。忙しいなかで検査室を訪れてグラム染色をやるわけですが、それがなかなか定着しない。いや、もっと正確に云うと、定着する人としない人がいるんです。グラム染色を活用して、まあけっこう検査室来たりしていろいろ聞いてくる先生と、数回利用してあとはさっぱりという先生と。いろいろ感染症が分かっている先生と、よくわかってない先生と、はっきりするようになりました。

でまあ考えてみたんですが、どうもグラム染色って魔法の検査のように思われている気がするんですよね……肺炎患者、レントゲンで浸潤影、熱が高くて、炎症反応も強い。喀痰が取れたからグラム染色を見てみよう!という流れで、検査室に走ります。さあスライドを作って顕微鏡をのぞいてみると……

……なんぞワケ分からん。

というパターンが往々にしてあるわけです。そこらへんの感染症の本だと、ここで肺炎球菌が出てくるわけですね(笑)。で、PCGを大量に入れて、患者さんは解熱する。「抗菌薬の適正使用」が出来ました、と結びがはいるわけです。ま、世の中そんな症例ばかりだったら楽でイイなー、というパターンですね。

正直なところ、質のいい喀痰をとること自体が難しい。スライドをきれいに作ることがまず難しい。染色は多少デタラメでも染まりますが、こんどは見ること自体が難しい。高齢者の肺炎、肺炎球菌ばかりだったら苦労はしない、というヤツです。ここでHaemophilusが出てくる。誤嚥性肺炎が出てくる。非定型肺炎もあったりする。肺炎だと思っていたらべつの疾患だったりもするわけです。起炎菌を起炎菌と認識することに技術が必要です。どうも数ある書物は、その技術の部分をみんなすっ飛ばしているんですよね……

誤嚥性肺炎のスライドなんかも、見たことがある人は分かると思いますが、典型例では常在菌が貪食されています。それ以外にも、喀痰の性状がいいのに扁平上皮細胞が大量に存在する、常在菌が大量に存在するというのもそれを示唆する所見のひとつです。高齢者にはある程度の誤嚥はつきものですし、うまく喀痰を出せる人も少ないでしょう。すると、スライドがごちゃごちゃしてくる。ややこしいものを単純に分解して、総合的に評価するのは「技術」です。どうもグラム染色のいい面だけ知ったひとが、グラム染色をするといいらしいよ、ということで検査室を訪れるケースが多いように思います。

定着する人は、グラム染色以前に、起炎菌を頭に思い描いています。で、実は自分の想定を確認するために顕微鏡をのぞく。あっていれば予定通りに抗生剤を入れる。あっていなくても、あらかじめ考えておいたマネージメントに即して処置を変更する。で、物怖じせずグラム染色を繰り返す。ワケ分からんスライドに直面した研修医のほとんどが、自分で見ようとはしなくなる傾向がありますね……

検査はする前に結果を予想出来るとベターです。そしてマネジメントに影響をおよぼさない検査はするべきではありません。つまり、検査をしてから考えたらいいやと思ってグラム染色をしないほうがいいということです。何事も、予習することが重要ですね(笑)。

レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版

レジデントのための感染症診療マニュアル 第2版


感染症界最良の良書と云ってもいいかもしれない一冊。質、量、ともに一級品です。もはやマニュアルではなく、辞典の領域ですが。