推理小説のようなもの

以前ウチの病院に勤めていたドクターに久しぶりに会いまして、いろいろと話しを聞かせてもらいました。いま抱えている結核性髄膜炎の患者さんと、非定型抗酸菌症の患者さん、あと慢性膿胸の患者さんの話しをちょこちょこ。結核性髄膜炎の患者さんは脳炎が出かかっている危険な患者さんで、(実際に見ている研修医が)神経内科にコンサルトしたら、TB自体は検出出来ていないので抗結核薬を切って見てはどうかなどという、とんでもない答えが返ってきてぶっ飛んだという話しを少し。結核性髄膜炎は恐ろしいんですよぅ。そんなリスキィなことしちゃダメですってば。

じつは、この患者さんはQFTが陰性です。ここが泣き所というか何と云うか、神経内科はこのあたりで抗結核薬を切ってみてはどうか、という話しを出してきたようです。うーん、QFTは感度も特異度もそれほど悪くない、というかむしろバランスの取れたいい検査なんですが、悲しいかな、それでもやっぱり偽陽性や偽陰性を出すんですよねぇ……私自身は、スクリーニングに使えるほどの感度はないと考えています。QFT以外の検査がほとんど結核性髄膜炎を示している中、QFTだけが陰性だからといって、抗結核薬を切る理由にはならないだろうと思います。というか、むしろ危険すぎてとても賛成出来ません。じっさい抗結核薬に反応していますので、これを辞める理由はなおさらないでしょう。

「出てきている証拠がぜんぶ矛盾なくつながったら、それはちゃんと診断出来ているという証拠だ」とその先生は云い、「診断過程は推理小説みたいなものだ」と表現されました。私も同じような感想を持っているので、ちょっと驚きました。これは以前、どこかで書きましたね。この証拠が矛盾する箇所をちゃんと「思考」出来るかどうかが重要だと思います。

この先生は、「何か違う」ところにピンと来るかどうかは、たぶん「センスの問題」だろうと表現していました。うーん、やっぱり最終的にはセンスの問題になるのかなあ。考え方を知っているかどうかでずいぶん変わってくるとは思いますが、そうですね、こういう考え方を教えられる指導医が、ウチの病院には足りていない気がします。この先生は、たぶんウチの病院でいちばん検査の特性を理解していたんじゃないかと思いますね……検査の感度と特異度、検査前確率などのことばがストレートにちゃんと通じて、議論が成立する先生は、この先生だけでした。こういう先生からどんどん病院を去っていってしまうというのは、なんかとても悲しいです。