責任の所在

たぶん厚生労働省が治験に時間をかけてじっくりとりくんだり、せっかく認可になった(有用性が高いと思われる)ワクチンの宣伝をしたがらないのは、認可した手前、副作用が出ると責任問題になるからだろうなーと思います。誰が責任取るんさ、と云われたとき、いちばん最初に頭に浮かぶのは、やっぱり厚生労働省でしょう。

ところで、前回にも書きましたが、薬の副作用って治験段階で判明するもんでしょうか。冷静になって考えてみると、治験と云ったって、それほど大規模な人数で行うわけじゃない。市場に出てから副作用が判明する薬剤の方が圧倒的に多いわけです。トロバフロキサシンしかり、タミフルしかり。トロバフロキサシンは市場に出てから重篤な肝不全を起こしうることが判明し、マーケットから消えていきました(誰も使わなくなりました)。ガチフロキサシンも血糖調整不良を起こす副作用があり、この副作用のために、いずれマーケットから消えていくでしょう。タミフルは「異常行動の有無」について、大論争を巻き起こしました。ここでも厚生労働省は日の丸親方体質を遺憾なく発揮し、現場に「10代には原則処方しない」という不思議なお達しを出すに至っています。そんなこと、現場で決めたらいいことなのにね。

ある薬剤について、処方するしないは現場で決めたらいいことなのでは?それは医師の裁量なのではありませんか?ほんとに必要なひとにも処方出来なくなる可能性のある警告文を添付文書に載せることは、現場の裁量を著しく侵害します。政府の見通しはいつも楽観主義に支配されていますので、日本脳炎のワクチンにしてもそうですが、タミフルの結論については期日を超えて、さらに先送りにされています。……っていうことをちゃんと理解している一般人がいるのかなあ。もっとも、これは調査班の出しかけていた結論と、大学での研究の結果がびみょーに食い違っていたことが発端のようですが……

閑話休題。

このタミフルを現場で処方するかどうか、というのは、リスクとベネフィットを天秤にかけて、現場で判断したらいいことなのではないかと思います。現場でそんな判断出来るか、訴えられたらどうするんだ、ってのももっともな意見ですが、だからお上の云うことに従うってのもどうかなーと思うわけです。それはある意味責任の丸投げで、厚労省はその意味ではけなげに日本中のタミフル処方の責任の一端を担っていると云ってもいいわけですね。タミフルの副作用が出たら厚労省のせい、というのは、じつはこの点で妥当なのかもしれません。だって、そうやって禁止のお達しとかだしたりして、現場をコントロールしようとしているわけですから。

タミフルの利点はなんでしょうか。インフルエンザ患者がタミフルを投与されることで期待出来る恩恵は、インフルエンザからの早期回復です。海外臨床試験において、発症2日以内の投与によって、発熱期間を24時間、罹病期間を26時間短縮したとの報告があります。タミフルの服薬によって、この効果が期待されます。

一方、ではタミフルの副作用、つまりデメリットは何でしょうか。もっともメジャに知られているのは「異常行動を起こすかもしれない」という点ですが、頻度の高い副作用としては、下痢や吐き気などの消化器症状が知られています。もっとも、疫学的にはタミフルを服用していないインフル患者にも異常行動は見られており、この点でタミフルとの関係性は低いのではないか、という意見もあり、まだ決着がついていません。つまり、タミフル服用によって「命に関わるかもしれない異常行動を起こす懸念がある」というデメリットはあるかと思います。この点は重要です。吐き気や下痢なんかは、まあ命に関わるほどものではないでしょう。これを看過出来るかどうかは、患者さん個人の問題です。

このふたつを天秤にかけて、どちらを優先するか、という問題だと思います。高齢者であれば、インフルエンザから重篤な肺炎を起こして死亡する可能性が高いため、死ぬかどうかも(発現するかどうかすら)よくわからない異常行動なんか、問題にもならないでしょう。一方、基礎疾患のまったくない、体力のある10代の若者だったら?すこーし家であったかくして寝ていれば治るであろうインフルエンザに対して、異常行動を起こすかもしれないリスクを負ってまでタミフルを投与するのは割に合わない、と思われるかもしれません。でも、たとえば受験があって、何としてでも早期に治したい、という10代患者がいれば、それはどうでしょうか。暴露後予防に使いたいから、保険が通らなくても処方してくれ、という患者は?盲目的にタミフルを希望する、強権的な親に対しては?…現場で患者とその家族と、医師が話し合って決めることなのではないかと思いますが、どうでしょうか。

そのためには、もっと基本的な情報をオープンにする必要はあるでしょう。医療従事者が欲しいと思うような基礎的なデータは、もっと全面的に開示し、オープンにしておく必要があります。選択することで発生する責任の一端は、患者自身が背負うべきものです。タミフルの副作用が出た、お上があのとき禁止にしておけば副作用で苦しむことはなかったはずだ、というのは、完全に後だしじゃんけんです。副作用が出たら誰かのせい、というところに、根本的な問題があります。医療行為に絶対はありませんので、その不確定要素を患者はもっと知るべきなのです。とくにタミフルについてはそう感じます。ほとんどすべてのワクチンについても、そう思います。もっともっと啓蒙するべきだし、そういうことに予算を割くべきです。愚にもつかんパンフレットをいくつもの印刷所に小出しに発注してお金をばらまいている場合ではありません。情報を患者と医療従事者の間で共有し、患者側も判断する責任を負うべきで、厚労省はちゃんと情報を出していく。調査班のデータは非公開とか聞いていますけど、これは何の冗談なんでしょうね?

でもまあ、現実問題として、医療従事者と同程度の知識を持て、というのは暴論だと思います。ようはメリットとデメリットを天秤にかけて、判断する責任を負うこと。メリットの起きる確率、デメリットの起きる確率、このままだとどういう転帰をたどる可能性が高いか、現状の把握、医療従事者の疾患に対する見通しと治療に対する意見。医療従事者が患者に治療法を「選択させる」のは、インフォームドコンセントではないと考えます。医療従事者は、判断に必要な情報を提供し、専門家の立場からアドバイスしなければならない。そして場合によっては、患者の運命の判断をゆだねられることがあっても、とうぜんいいと思います。責任と共有すること。もちろん責任だけではありませんが、じつは医療を崩壊させている責任のかなりの部分が、「誰かに責任を求める患者」に帰属するのではないか、というのは、ここさいきん強く(ほんとに強く)思っていることです。