無菌性髄膜炎……恐ろしい子!

まあ冗談はさておき。

無菌性であろうが細菌性であろうが髄膜炎は髄膜炎なので恐ろしいことに違いはないのですが、細菌性髄膜炎の恐ろしさは特筆に値します。内科的超緊急疾患でしょう。一分一秒を争うとはまさにこのことで、私はたった数時間で髄液が真っ白白に濁ってしまった検体を見たことがあります。あれは一度見たら二度と忘れません。髄膜炎ほど細菌検査が院内で出来るありがたみを発揮出来る疾患はないんじゃないでしょうか。

その髄膜炎のなかでも、無菌性髄膜炎症候群と呼ばれている群では、初回のグラム染色などで菌を見つけることが出来ず、髄液糖が血糖の半分以下に低下していることがあります。これは要注意で、いろいろな可能性が考えられ、検査している側としては困惑させられることしきり。ここで踏ん張れるかどうかが微生物を専門としている検査技師の価値だと、私が尊敬している方はおっしゃっておられました。ありとあらゆる可能性を考えて、次の手を提案していくわけです。感染症治療の対象になるケースと、ならないケースと、両方がありえます。

私が経験した「無菌性髄膜炎」は割と珍しいと思われるタイプで、若干火薬臭い地雷タイプのものです。血液培養偉大なり!と大声で云いたい症例ですね。髄膜炎と分かっていたら髄液を採取するのは当たり前のことですが、それと同時に血液培養もとるといいことがあるよ、という症例です。

患者さんは80歳くらいの男性で、外来で細菌性髄膜炎疑いで髄液が検査室に送られてきました。グラム染色で結果を教えて、ということだったので鏡検したのですが、菌は陰性。外観は若干濁っているような気がするものの、生化学的なデータはそれほど髄膜炎臭くなく、糖正常、リンパが優位だったので、適当に「ウィルス性だろう」と気楽に考えていました。その割にはCRPがばりばり高くて不思議な感じだったのですが、そのときはあまり深く考えなかったのです。忙しかったというのもありました。

その後、髄液の培養は陰性だったのですが、かわりに血液培養が陽性になりました……S.aureusです。MSSAでした。ああ、CRPが高い原因はこれだったのか……と妙に納得。S.aureusが問題になるような基礎疾患もなく、インフルエンザをやらかした後でもなく、なんだかおかしいなとは思ったものの、まあ高齢者だしそういうこともあるだろうと気楽に考え、それほど気にはしていませんでした。……そのときは。

本気でおかしいと考え始めたのはこの直後です。まず、さらに2本、血液培養が陽性になりました。抗生剤はCTXが投与されていました。投与されてからもう3日も経っている血液培養が陽性に上がってくるのです。……抗生剤が効いてない?MRSA?いやいや、確認してみたけど、やっぱりMSSAだ。なんだこりゃ……?おっかしいなぁ……?……?・・・

感染性心内膜炎だ!

もうほとんど直感でした。あわててデータを再確認してみると、貧血があります、尿潜血あります、尿に白血球でてますけど細菌(-)です。よくよく見たら、ちょっとずつ疑わしいデータはそろって存在していたわけです。でもこんなの、髄膜炎を疑っているときに最初から気がつくわきゃありません。有効な抗生剤を投与しているにも関わらず、血液培養が次々陽性に上がってくる不気味さを理解していただけるでしょうか。これはまぎれもなく恐怖です。ぞっとするような不気味さがあるのです、ほんとに。この不気味さが、一種のアンテナのような役割を果たしてくれます。

主治医にその可能性を伝えると、それを聞いてすぐに心エコーをしてくれたようで、そこでvegetationが見つかったそうです。なぜそんなところにS.aureusのvegetationがあったのか、それはよくわかりませんでした。しかも心雑音はなく、従って弁破壊もなかったそうです。そういう謎は残るのですが、忙しさにかまけて経過を聞いていませんので、その後どうなったのかもフォロー出来ていません。でも血液培養が次々に陽性になるってのは恐ろしいことなんだなあ、と肌で感じた次第です。

血液培養万歳。日本のDrのみなさん、もっともっと血液培養を採って検査室に送り込みましょう。

追記

ところで、私が世の中でもっとも恐ろしいのは、「100%ありえない動作をする、自分で書いたプログラム」です。要するに、理屈で噛み合ない、致命的に矛盾するものには例外なくぞっとします。変かな……

まあ、顔に寸分の違いも見当たらない双子が、まったく同じ服装で校歌斉唱していてもぞっとしますが。