医療とミステリィ

ミステリィを読んでいるとたびたび思うことがあるんですが、みなさん、どの程度ミステリィで犯人を当てることが出来ますか?それは物語が始まった後、何ページくらいで確信に変わりますか?その確信を正確に立証する証拠を、どれくらい列挙することが出来ますか?

異論はあると思うのですが、このミステリィで犯人を当てる過程は、とても医療行為の経過に似ていると思うのです。来院時が物語の始まり。患者さんが症状を訴え始めるのが物語の「起」。ここで犯人を見つけることが出来れば万事OKなのですが、たいていの場合、情報が不足していてトリックや動機を詰めることが出来ません。勘のいい人なら閃くものがあると思いますし、医療の世界ではそういう場合は検査を追加して犯人を追いつめられるわけですが、たいていの人はそのまま読み進めて、決定的な証拠が提示されるまで犯人の見当がつかないでしょう。よく物語の終盤に探偵役が「あのときアレに気がついていたら、第二の殺人は防ぐことが出来たのに……」と悔しがる場面があり、相方が「そんなの結果論だ。あんたはよくやったよ」と慰めるシーンがあったりしますが、これ、まんま現実の医療にもあてはまりませんか?

訴訟事例を見ていてよく思うのですが、「あのときあの検査をしていればこの疾患は見つけられたはずだ。よってこれは過失だ」というのは、どう考えても暴論だと思います。明らかに見落としていたならともかく、検査はそれほど万能じゃないし、時間経過がないと症状がはっきりしてこないということだってあるはずです。疑わしい症例全てを経過観察で入院させていたんじゃ病棟婦長に蹴り飛ばされますし(冗談です)、実は重症超緊急疾患でも、それほど緊急性の高くない疾患と区別がつかないことだってあるはずです。ニュースの報道だけをみて、医師側に過失ありと明らかに判断出来るものは皆無なんじゃないかなあと思うことはよくあります。医療訴訟記事はほぼ全例、医師側に不利な様に書かれていると感じます。

緊急性の高い疾患を罹患して不幸にもお亡くなりになる方もいらっしゃると思いますし、そういった方々には申し訳ないかぎりの言い草だと思うのですが、医療は万能じゃないし、医師は神様ではないというのもまた事実だと思います。ミステリィを読んでいて、こんなことを思ったりしました。