便の性状と起炎菌

目的のわからない培養があります。

その中でもいちばん困るのが、「入院患者の便培養」。ほとんどの場合、目的がよくわかりません。下痢をしているから?そうならまだわからないことはないのですが、ごく普通の便なのに便培養のオーダがきたりすると、非常に困惑します。何に的を絞ったらいいのかよくわからないからです。言い換えれば、目的不明。従って、こちらで適当に培地を選択するハメに陥ります。*1

青木眞先生の「レジデントのための感染症診療マニュアル」によると、だいたいの急性下痢症は「小腸型」か、「大腸型」に分類できるとあります(穿孔型もありますが、ここでは置いておきます)。これは非常にロジカルな分類法で、とてもわかりやすいです。

小腸型 大腸型
機序 非炎症性 炎症性
部位 上部小腸 大腸
便性状 水様便便中白血球(-) 粘性便・便中白血球(+)
微生物例 腸ウィルス、ETEC、V.colerae、原虫、毒素型食中毒など C.jejuni、EIEC、EHEC、サルモネラ、シゲラ、V.parahaemolyticus、偽膜性腸炎など
性状の理由 毒素などによる小腸分泌物の増加。組織破壊はないか軽度。だから水様便になる。 組織侵入、毒素による粘膜破壊による。そのため、白血球(+)で粘血便になる。

青木眞:レジデントのための感染症診療マニュアル(第二版)より

入院患者の食品衛生事情はきっちり管理されており、市井で問題になる感染性腸炎の起炎菌が出てくることはきわめて稀だと云ってもいいでしょう。そもそも便培養は「急性下痢症の原因検索」が目的ですので、原因食が存在しない長期入院環境下では、鑑別にも挙がらないはずです。従って、入院患者の便培養は、ほとんどの場合、する必要性がない、という結論になります。

理由のよくわからない便培養で、便中白血球が(+)だったりすると、ああ、お腹痛いんだろうな……と思いながら、抗生剤の処方歴をあさります。一ヶ月以内に処方があれば、勝手にCDテストを追加します。この場合、塗抹でグラム陽性桿菌が見えるかどうか、その菌量がどうかとかはあまり問題にならないと感じています。便の性状と処方歴、便中白血球の存在で、ほとんどの場合、外すことはありません。やればかなりの確率で陽性になります。

もちろん、その前の段階で見逃していることもあるでしょう。CD陽性だからといって必ずしも症状があるわけでもありません。粘性便だったらだいたい症状はあるだろうと思って実施するのですが、これがいいことなのか余計なことなのかは、主治医のみぞ知る、と云ったところです。(フィードバックがないもので……)

*1:便培養に使う培地は種類が非常に多く、検査室にとっては非常に負担になります。