脳膿瘍を叩く(症例)

久しぶりに脳膿瘍を見ました。

ピントが合っていなくてかなり見づらいんですが、脳膿瘍をグラム染色したときの写真です。検体は嫌気ポータに入れて提出されてきました。ぷるっぷるの膿瘍で、かなりの悪臭がします。グラム染色をしてみたら、こんな感じでした。

かなり典型的な脳膿瘍でしたので、ほぼ問題なく臨床側にコメントすることが出来ました。術中採取でしたので手術室に電話したのですが、見ての通り、グラム陽性の球菌と、グラム陰性の桿菌が見えますと報告。グラム陰性桿菌はFusobacteriumと思われる細めのものと、やや短めのものの二種類が見えます。この時点で嫌気性菌が感染に関与していることは確定的だったので、そのことを伝えました。Fusobacteriumに関してはかなり自信があったので同時にそのことを伝えましたが、もうひとつの短い方についてはあえて言及せずにおいておくことに。正体はBacteroidesでした。

脳膿瘍で怖いのは、グラム染色で見えているものだけが感染に関与しているとは限らない、ということだと思います。原発性の脳膿瘍の場合、起炎菌は口腔内の常在菌が絡むことが多いのですが、これを叩くとき、このすべてをきっちりカバーしてやらないといけないわけです。グラム陰性の桿菌が見えたときは、まずはFusoかな、と思うのですが、ここに短い桿菌が混じってくると、ちょっと待てよ、と思います。Bacteroidesの可能性が否定出来なくなってきますので、抗菌薬もそれなりに考えないといけなくなってきます。βラクタマーゼの絡みがありますので、ABPCやPIPCは無効です。阻害剤との合剤を選択した方がよいでしょう。

というわけで、グラム染色の結果を受けて、嫌気性菌を叩くべくPIPCにCLDMを追加して*1、経過はそこそこ良好のようです。主治医から相談があって、いい治療法はないだろうかとのことでしたが、確実に叩きたいんだったらカルバペネムを保険適用量ぎりぎりいっぱい、そうでないんだったらABPC/SBTを1日量12g(3g×4/day)、経過が良好であれば現状維持で観察するのもありなのでは?と答えました。BacteroidesがCLDMに感受性であれば、現状維持でも問題ありません。感受性がわかるまでは、なんともしがたい状態です。

個人的には、それほどぎりぎりではない患者であれば、ABPC/SBTなどを勧めたいところです。ただし、その場合は保険診療で通る量を遥かに超えた投与量になります(6gがABPC/SBTの限界なので、その倍量、場合によっては3倍量)。セフェムしか使ったことのない内科の医師なら、ABPC/SBT 3g×4/dayというのは常識を逸脱した量だと感じると思いますが、さすがに脳外科だったので、私の提案にもちゃんと耳を傾けてくれました。どう判断するかは主治医の裁量ですが、脳膿瘍は脳みそだけに気を使います。これぞ専門家のフィールドでしょう。


余談ですが、サンフォード「熱病」で脳膿瘍を調べてみると、第三世代セフェムの静注にメトロニダゾールをかませる、となっていました。もしくは、PCG2400万単位にMNZ。第三世代セフェムは対腸内細菌用、メトロニダゾールは嫌気性菌用ですね。

いいよな、静脈注射用のメタロニダゾールがある国はよぅ。

日本にはメトロニダゾールの注射薬は存在しませんので、経口投与するしかありません。吸収はいい薬剤ですが、さすがに脳膿瘍に使うにはちょっと……と思ってしまい、いままでメトロニダゾールを提案したことは一度もありません。感染症を専門にやっておられる方の間では、お使いになる先生もいらっしゃると聞いていますが……ちょっと怖いですね。

追記

後に調べたところ、CLDMは血液脳関門を通過出来ないことが判明。つまり、何が出ようと、CLDMは脳膿瘍に対して無力だということになります。こ、これは失敗だった……炎症時にも移行しないのだろうか。移行しないんだろうな……

参考文献:

  1. 感染症診療スタンダードマニュアル
  2. レジデントのための感染症診療マニュアル

*1:これは何も情報がない状態で主治医が選択したチョイスです