よくネットに転がっている症例報告を読むのですが、MRSA腸炎に関する論文には疑問符がつくのが比較的多い気がします。日本の症例報告がメインですが(私は英語に弱いもので……)、そもそもMRSA腸炎って日本からしか報告がほとんどないんですよね。昔読んで疑問符だらけになって放り出した報告があったので、ちょろっと書いてみます。感染症学雑誌 第78巻 第10号 「MRSAによる偽膜性腸炎の1例」です。(いまもネット上にあるのかなあ)
まず概略から。
- 長期入院患者。39℃の発熱+尿路感染症でLVFX 300mg/dayを投与された経歴あり。
- 解熱しないため、紹介入院となる。
- 紹介先でも尿路感染症と診断され、IPM/CS 1g/dayを投与される。
- 6日間の治療後、尿所見、炎症所見の改善を見たため、IPM/CSを終了。
- 投与中止6日目から突然の水様下痢、39℃の熱発。軽度の腹部膨満あり。白血球17000、CRP1.5ほど。
- 抗菌薬関連腸炎を疑い、咽頭粘液と便培養を提出。
- 便中Clostridium difficile抗原の検出を試みるも陰性だった。
- 細菌性腸炎と考え、FOMを投与開始。
- その翌日、膨満の増悪、腸蠕動音の亢進あり。白血球7100、CRP27。
- 腹部単純写真から、麻痺性イレウスの所見。この時点でMRSA腸炎を疑い、VCM経口投与。
- 第二病日から血圧低下、尿量減少、意識レベル低下、ショックを来たし、亡くなられた。
- 解剖結果、偽膜形成が認められ、偽膜には球菌の付着が見られた。
- 生前の咽頭粘液と便培養からMRSAが検出された。
- 解剖時の小腸偽膜、心臓血からMRSAが分離された。
- よってMRSA腸炎と診断した。
ちょっと読んだだけで、突っ込みどころが満載なのですが……これってツッコんでもいいのかなあ。ネットに掲載されていたくらいだから、公表して広く意見を求めているんだと判断してもいいんだよね、きっと。ツッコむというか、私なりの感想です。
- 長期入院患者。女性。39℃の発熱+尿路感染症でLVFX 300mg/dayを投与された経歴あり。
- おそらくLVFXを100mg*3/dayで投与したものと思われます。この投与法についても思うところはありますが、それよりも、39℃まで熱が上がっているところを見ると、ただの膀胱炎だとはとても思えません。女性ですし。
- 解熱しないため、紹介入院となる。
- たぶん、LVFX耐性株だったのでしょう。投与量が足りなかったのかもしれませんが。
- 紹介先でもWBC 100以上/HPFで尿路感染症と診断され、IPM/CS 1g/dayを投与される。
- これもおそらく0.5g*2/dayですよね。IPM/CSの半減期は1時間ですので、12時間おきだと投与間隔が長過ぎませんか?熱が39℃以上ある時点で腎盂腎炎が疑われると思うのですが、腎盂腎炎は否定的でしょうか。血液培養は採取したのでしょうか?起炎菌は同定出来たのでしょうか?尿中に細菌は見えたのでしょうか?
- 6日間の治療後、尿所見、炎症所見の改善を見たため、IPM/CSを終了。
- 投与中止6日目から突然の水様下痢、39℃の熱発。軽度の腹部膨満あり。白血球17000、CRP1.5ほど。
- 抗菌薬投与後、一ヶ月経ってから発症するケースもある。
- この時点でなぜ血液培養を採っていないのかも疑問。39℃の熱発は、十分、血液培養の対象になり得ると思う。
- 抗菌薬関連腸炎を疑い、咽頭粘液と便培養を提出。
- 便培はぎりぎりわかるとして、なぜ咽頭粘液なんでしょう?胃酸を抑制させるH2ブロッカなどを服用している患者は咽頭に定着している菌が便にまで降りますので、菌層を見たかったのでしょうか。それとも、熱のフォーカスとして肺炎も疑ったのでしょうか?喀痰が採れないので泣く泣く咽頭を採った……?
- 便中Clostridium difficile抗原の検出を試みるも陰性だった。
- 菌体抗原をひっかける検査?それともCD toxin Aをひっかける検査?菌体抗原をひっかけるCDチェックは感度・特異度、ともにあまり優れた検査とは云えません。CDチェック陰性の偽膜性腸炎は存在し得ます。一方、CD toxin Aを引っ掛けるユニクイックなどの検査は、CD toxin Bを検出出来ません(少なくとも、執筆当時では簡易に検出することは出来ません)。つまりtoxin A(-) toxin B(+)パターンを検出出来ないため、この結果を持ってしてすぐさま抗菌薬関連腸炎を否定出来るものではありません。
- 細菌性腸炎と考え、FOMを投与開始。
- 起炎菌は何を想定していたのでしょうか。よく小児科領域では大腸菌に対して投与しているのを見ますが……入院患者の感染性腸炎は、そのほとんどがC.difficileだと云われています(集団発生とかHIV感染症を除く)。FOMが効くかどうかはちょっとわかりません。MRSAに対しては、効く株が存在しているようです。
- その翌日、膨満の増悪、腸蠕動音の亢進あり。白血球7100、CRP27。
- かなり強い重症感染症を疑わせる所見だと思われます。低体温、ショックもある場合は、即座にカルバペネムの投与対象になると思います。血液培養を3セット採って、即座に投与、かな。熱型がスパイクだとほぼ細菌性で確定でしょうか?
- 腹部単純写真から、麻痺性イレウスの所見。この時点でMRSA腸炎を疑い、VCM経口投与。
- 第二病日から血圧低下、尿量減少、意識レベル低下、ショックを来たし、亡くなられた。
- ほぼそのまま敗血症の所見だと思います。もっともシンプルに見て、の話しですが。
- 解剖結果、偽膜形成が認められ、偽膜には球菌の付着が見られた。
- ここではじめて偽膜性腸炎という診断がつきます。
- 生前の咽頭粘液と便培養からMRSAが検出された。
- 同一株でしょうか。だとしたら制酸剤とかを飲んでいるかも知れません。抗菌薬が投与された履歴があること、長期入院している患者であることから、咽頭にMRSAが定着していることはそう不自然なことではないと思います。個人的には、胃酸が抑制されていない状況でも、咽頭に定着したMRSAが便に出てくることは多いんじゃないかと思います。根拠はありませんが……
- 解剖時の小腸偽膜、心臓血からMRSAが分離された。
- それって、MRSAが血中にいたということ?それはそのまんまMRSA敗血症なのでは……?(汗
- よってMRSA腸炎と診断した。
- ……なんででしょう?偽膜の表面にMRSAがいるのは不思議じゃないと思う……それよりも血液から…(以下略
というわけで、ツッコみどころが満載です。客観的に考えて、C.difficileによる抗菌薬関連腸炎とMRSA敗血症を併発したのではないかと思うのですが、どうでしょうか。侵入門戸がどこかよくわかりませんが、かなり荒れていたみたいですし、やっぱり腸管でしょうか。CVCなどのカテーテルがあればわかりやすいんですが……情報が不足していますね。少なくとも、ここに載せられている情報からはMRSA腸炎だと断定出来る決定的な要素はないように思います。