カルバペネムで「押す」必要性について

さいきんいくつか典型的な症例をとらえて経過を追って行っているのだが、経時的に見ると、おかしなことがいくつかわかった。たまたま追っていた症例がそうだっただけなのかもしれないが、いくつかの点で不適切かと思われる薬の使い方が見られるのだ。

そのなかで最たるものが、「押す」という行為。つまり初回投与であたった薬剤を最後まで続ける、という行為のことだ。おおむね医師はDe-escalationには反対で、抗菌薬を変えることには(きわめて)消極的である。熱源が不明の場合は仕方がないが、熱源も判明し、治療効果も出ている場面で広域抗生剤を使い続けることは無意味だ。広域抗生剤は「広域」であるがゆえによく「強い」抗生剤だと勘違いされるが、別に「強い」から多くの細菌に効くのではなく、そういう性質だから多くの菌に効くというだけに過ぎない。イメージとしては、細菌が何か分厚いバリアみたいな膜を持っていて、抗菌薬がそれを破って入っていくイメージだろうか。薬のよく効く菌はバリアの薄い菌で、多剤耐性菌はバリアがむちゃくちゃ分厚い菌、みたいな。まったくの間違いだ。

カルバペネムは、それが効かない菌を覚えた方がはやいくらいいろんな菌に効果がある抗菌薬だ。つまり、カルバペネムで押す、という使い方はとても「楽」な使い方であり、何かわからなくても適当に使っていたら治ってしまうという点で、まったく罪深い行為でもある。何となく使ってたら治りました、という、適正使用とはまったく逆の行為で、まったく頭が痛い。

カルバペネムが第一選択薬になる疾患はそれほど多くない。使用制限をかけたらカルバペネムの使用量が減りました、という結果は、つまるところいままでカルバペネムが乱用されていたという事実を示している。これはどこの病院でも同じで、なんと全世界のカルバペネムの7割を日本が消費しているのだそうだ。これはもう異常事態と云わざるを得ない。

抗菌薬の問題は、環境問題によく似ている。誰もが問題を認識し何とかしないといけないと感じているのに、ひとりひとりの力は弱過ぎて、誰も流れを変えることが出来ないでいるのだ。ドイツはヨーロッパのなかでもダントツで「抗菌薬を処方しない」国なのだが、この国ではいまだにS.pneumoniaeの治療は第一選択PCGで行われている(らしい)。まさしく抗菌薬の適正使用問題は医療の環境の問題だと云える。

ちなみに、カルバペネムを使ってどうしても解熱しない、けど何となく感染が疑わしい、という場合は、病歴をしっかり洗って、膿瘍の検索をしてみてはいかがでしょう。カルバペネムは酸に弱いので、膿瘍に対してはいまひとつです。考えてみるくらいの価値はあるはずです。